【環境動態解析】
大気エアロゾル
NASAで研究!
安成哲平先生
北海道大学
北極域研究センター
ニュース・天気予報がよくわかる気象キーワード事典
筆保弘徳、山崎哲、堀田大介、釜江陽一、大橋唯太、中村哲、
普段、皆さんが天気予報やニュースで耳にする気象関連の用語(地球温暖化、異常気象、気候、PM2.5、森林火災、気象予報、ゲリラ豪雨、台風とハリケーンなど)について、新進気鋭の気象分野の若手研究者たちが一般向けにわかりやすく解説した本です。気象や気候関連のトピックを幅広く網羅しており、高校生などにもこれらのトピックに興味を持ってもらえるきっかけになるかと思います。私も執筆に参加しています。
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NASAで研究!
気候や人体に影響を与えるPM2.5
大気中の微粒子はエアロゾルと呼ばれ、主に2.5 μm以下の粒子状物質(Particulate Matter: PM)をPM2.5と言います。このPM2.5サイズのエアロゾルは、大気中で太陽光を直接散乱・吸収したり、雲の凝結核となり雲粒を通して間接的に太陽光を散乱して熱収支の観点から気候に影響を与えます。
更には、不完全燃焼の際に出てくるスス(煤)やダスト粒子(砂漠の砂など)が雪に落ちて汚れると太陽光反射率が下がり、加熱効果で融解促進に貢献(積雪汚染)します(気候影響)。一方、PM2.5は、肺の奥まで運ばれる微小サイズなので、大気汚染が酷い(微粒子が多い)と害があります(健康影響)。
雪氷中の微粒子分析からエアロゾル研究へ
私は、大学院でのアラスカの氷河で掘削された円柱状の雪氷サンプル(アイスコア)のダスト微粒子(砂漠の砂など)の分析をきっかけに、大気エアロゾル研究の世界に足を踏み入れました。
それ以来、物質循環や気候から人の健康まで多岐に影響を与える「大気エアロゾル」に興味を持ち、上記の重要な研究意義の元、様々な研究をしてきました。
米国NASAで6年ほど働き、NASAの地球を再現する全球数値モデルのために上記の積雪汚染モデルを開発・導入して、エアロゾルによる積雪汚染が特に北半球春の気候にどのような影響を与えるかを明らかにしました。
最近は森林火災から発生する大気エアロゾルにも注目!
最近は、世間で話題になることも多い、森林火災とその大気汚染微粒子の発生要因や予測に繋げる研究をしています。森林火災から排出される大気エアロゾルは、上で述べましたように、人の健康から気候影響まで関連します。
そして、これらを通じて経済への影響までも懸念されます。将来、森林火災が増えるという予測研究もあるため(例えば、Veira et al., 2016)、今後さらに森林火災研究の重要性が高まると考えています。このことから、これらの森林火災に関する研究は全て、大気汚染や気候の観点から将来の人類の持続可能性を高めることに繋がると考えています。
安成先生がNASAと協働で北大工学部の屋上に設置したエアロゾ
大気汚染微粒子(エアロゾル)は直接・間接的に地球の大気・陸面(雪氷面)で太陽光の散乱・吸収して放射収支を通じて地球の気候に影響を与えます。また、PM2.5サイズのエアロゾルが多くなると大気汚染として、人の健康にも影響します。
このエアロゾルの大気中への放出過程(発生要因含む)、大気輸送中の挙動、沈着過程、その後の気候への影響などの知見を深めることは、将来の気候変動対策をする際に、温室効果ガス以外で気候変動へ大きな影響を与えるものとして、大気エアロゾルは重要な要素の一つとなります。さらに、エアロゾルによる大気汚染の要因や変動を評価・予測することは、人の持続的な健康の観点からも極めて重要です。
これらを踏まえ、「人は今後どのように大気エアロゾルと向き合っていくべきなのか」を人類として考えることが非常に重要です。これは研究的知見から政策的判断までつながっていきます。
大気汚染微粒子(エアロゾル)の発生には、森林火災や砂漠化といった陸域の変化と密接に関わるものがあります。また、これまでの多くの研究から、砂漠の砂が海へ落ちることでの海洋生態系に与える影響なども議論されてきています(例えば、Yumimoto and Takemura, 2015)。このような、自然起源のエアロゾルは、常に存在しますが、一方で、人為的な大気エアロゾルの排出はクリーンなエネルギーを利用したり、排出を減らす技術を使うことで削減することが可能です。
私の研究は、直接排出削減や陸・海の豊かさを守ることに貢献するというより、実際排出しうる量がどれくらいなのか、大気中の大気汚染の状況が現在どれくらいなのか、エアロゾルがどういった影響を大気・陸・海へ直接与えうるのか、またその結果として、どのような気候影響や人への健康影響、またそれに伴う経済への影響などがあり得るのかを評価することで、これらの目標に向けて間接的に貢献できる分野と考えています。
◆テーマとこう出会った
高校生の頃に、北海道大学で南極で掘削されたアイスコア(円柱状の雪氷サンプル)を見せてもらう機会がありました。その中に過去数十万年の大気環境が保存されている話を聞き、非常に感銘を受け、地球科学分野の研究に興味を持ちました。
大学院で北大に来てから、修士課程の研究を行う際に、アラスカの氷河のアイスコアが利用でき、ダスト微粒子(砂漠の砂など)の分析装置が共同研究機関(国立極地研究所)にあり、研究を行ったのが大気汚染微粒子(PM2.5や大気エアロゾルなど)の研究を始めたきっかけです。
また、大学の頃から気象学にも興味があり、弘前大学時代に気象学を勉強していたことで、アイスコア研究(雪氷学) と気象学を組みわせた研究分野で研究を進めることに大変興味を持ち、その方向性が博士論文となり、その後の雪氷圏大気汚染研究へとつながってきました。
◆中高時代は
手前味噌になりますが、出身の中高一貫校である茨城県つくば市の茗渓学園は、自分たちで考えて行動させる活動が多くあり、非常にユニークな学校でした。
茗溪学園は、全国的にもラグビーが強いことで有名ですが、夏の水泳を除いて、週1回の体育の授業は、男子はラグビー、女子は剣道でした(冬季には寒稽古もあり、男子の授業では、ラグビー部もそうでない人も一緒にラグビーをします)。また、その水泳では、当時高校1年生の時に、海で4 km遠泳する必須イベントがあったりもしました。
高校2年では1年間1つのテーマについて調べてまとめる、大学での卒論に近いような研究(個人課題研究)を行う時間があったり、大学訪問などもありました。また、生徒同士で考えさせるイベントや活動も多々ありました。こういった様々な中高時代の茗渓学園での活動が、今の研究者としての活動・考え方に大きく役に立っていると感じています。
◆出身高校は?
茗溪学園中学校高等学校(中高一貫)
2004年にアラスカ・ランゲル山山頂にて、
Mark Flanner
University of Michigan Climate and Space Sciences and Engineering
大気エアロゾルの積雪汚染とその気候影響分野における、世界的に著名な同分野の研究者です。彼が開発した積雪汚染モデル「SNICAR」は、世界中の多くの研究者に利用されています。また、積雪汚染の気候影響を詳細に計算できるモデルをいち早く開発し、地球を再現する気候モデルに取り入れて研究を行いつつ、モデル開発のための観測的研究も行い、その観測とモデル研究両者に関わる姿勢は研究者としてもとても学ぶべきことが多いです。
Flanner氏や他の積雪汚染分野の著名な研究者たちと積雪汚染に関する総説論文(分かっている知見をまとめ・議論する論文)を共同執筆して出版しました(Qian et al., 2015)。
竹村俊彦
九州大学 応用力学研究所
日本の気候モデル用の大気エアロゾルモデル「SPRINTARS」を開発されたエアロゾルの分野では国内外で著名な研究者です。SPRINTARSは日本のPM2.5予測モデルとしても様々な場所で利用されています。大気エアロゾルの気候影響評価やその応用的研究に果敢に取り組まれ、IPCCの報告書へ執筆者として貢献するなど、世界的に著名で、その研究への姿勢と行動力にはいつも学ぶべきことが多いです。現在、森林火災と大気汚染に関連する研究で竹村氏と共同研究をさせていただいています。
以前、竹村氏やNASAの同僚たちなどと国際共同研究でヒマラヤ氷河に落ちる煤(すす)粒子と積雪汚染(積雪反射率低下)について見積もった論文を共同で出版しました(Yasunari et al., 2013)。
◆Scientists Link Earlier Melting Of Snow To Dark Aerosols(NASA)
◆シベリア森林火災とその大気汚染-予測のための要因分析と影響評価-(JSPS)
◆安成先生のページ(researchmap)
◆Twitter:https://twitter.com/TJ_Yasbee
現在の所属である北極域研究センターのメンバーたちとの集合写真。文系から理系まで様々な北極に関係する研究を行なっている研究者が在籍しており、文理融合や学際的北極研究が行える大変ユニークな研究センター。事務の方から研究者・教員、センター長までみなさん、とても良い人たちばかりです。人も研究環境もとても良い職場です。
2019年6月にアラスカ大学フェアバンクス校国際北極圏研究センター(UAF/IARC)にて寒冷地対応型小型PM2.5センサーを設置しているところ。
現在、教育を担当している北大・大学院環境科学院は、学部がなく、大学院から環境に関する分野を様々な観点から学び、研究ができる大学院です。私は、学生の時はこの環境科学院(修士の時は地球環境科学研究科;その後環境科学院へ改組)の雪氷系の研究室(低温科学研究所の現氷河・氷床グループ)にいましたが、現在は、気象学・気候学・海洋学に関する分野のコース(大気海洋物理学・気候力学コース)を担当しています。所属しています北極域研究センターからは、私以外にも様々な北極に関連する研究を行なっている教員たちが環境科学院の教育に従事しており、北極に関する研究を興味がある学生が行えるようにもなっています。
特色として、学部で違う分野にいた学生でも、大学院からしっかり基礎から環境科学について学ぶことができる大変ユニークな大学院となっており、大学院から始められる全国全ての環境科学に興味がある学生さんに勧められる大学院です。
是非、環境科学に興味を持った学生さんは、大学院から北大・環境科学院で学んでみませんか?北極研究に興味を持って来てくれる方がおられるとさらに嬉しいです。
FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド、訳:上杉周作、関美和(日経BP )
世界の状況を、データを基に理解する考え方・大切さを教えてくれる本です。近年、SNSなどで、溢れている情報を鵜呑みにしてしまって、その中から本当に正しい情報を取り出せない人たちを多く見かけます。こういった情報を正しく理解すること(情報リテラシー)を身につけることは、今後、皆さんに必要なことの一つだと思います。この本がその助けになると思います。
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越境する大気汚染 中国のPM2.5ショック
畠山史郎(PHP新書)
PM2.5やエアロゾルとは何か。どういった種類があるのか。また、日本には大陸からの越境大気汚染があるが、それはどういったもので、いつやってくるものなのか。日本ではどういった大気汚染観測研究が行われているのか。PM2.5の予測や対策はどうしたら良いのか。これらについて、日本の大気汚染の研究者が大変わかりやすくまとめた本です。
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異常気象と地球温暖化 未来に何が待っているか
鬼頭昭雄(岩波新書)
長年、気象庁気象研究所で気候の研究をし、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書執筆にも関わってきた研究者による、異常気象や温暖化による気候変動についてわかりやすくまとめた本です。異常気象や気候とは何か、今後、日本も含めて気候はどうなるのか。これらについて理解が深まります。また、将来の気候変動予測はどのように行うのか、その予測結果をどう理解するのかについてもわかりやすく説明されています。
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Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
その昔、免疫にも興味があったので医学を学んでみたいと思ったりします。現在、大気汚染の研究をしているので、今は呼吸器系の医学にも興味があります。また、筋トレをするようになってから、人の筋力に関するスポーツ医学分野にも興味を持っています。
Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ?
アメリカに長年(6年以上)住んでいましたが、人の多様性・研究環境・生活形態などを考えても(当時永住権申請も考えて準備をしていました)、今でもまた住みたい場所はやっぱりアメリカです。
Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?
ねぷたの運行バイト(青森県の弘前市にいたので)
Q8.研究以外で楽しいことは?
筋トレ(かれこれ3年半ほどしています;週4回程度が多い)。趣味ではなく、もはや日常の一部です。歯磨きと同じです。筋トレなしでは研究とのバランスが取れないほど、重要なものとなっています。
北大のトレーニングセンター(通称・トレセン)
Q9.会ってみたい有名人は?
レオナルド・ディカプリオ。環境問題や気候変動に大変興味を持って活動されているので。実際に自分の研究の話なども交えてこれらのテーマについて対談してみたい。