【ナノ構造物理】
電子の性質
広くて薄い発電機もできる!磁石の温度差で発電
福澤(湯浅)裕美先生
九州大学
工学部 電気情報工学科(システム情報科学府 電気電子工学専攻)
人物で語る物理入門
米澤富美子(岩波新書)
アリストテレスから現代物理学まで、偉人とされる科学者たちとその業績が、わかりやすく面白く紹介されています。エピソードがたっぷり入っていて、科学者の人間味がよく伝わってきます。どの時代のどんな偉人にも苦労や人生があり、その中で紡ぎ出された業績で科学が発展したことがわかります。
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広くて薄い発電機もできる!磁石の温度差で発電
磁石の両端で温度差を与えると発電できる
皆さんお馴染みの磁石を使って、電気を作ることを考えて見ましょう。一番に思いつくのは電磁誘導でしょうか。
実はこれ以外にも、磁石の両端に温度差を与える(一方を熱し他方を冷やす)ことで電流を発生させることのできる、スピンゼーベック効果という現象があります。私は日常生活で使えるようなミニ発電機を目指し、スピンゼーベック発電を大型化する研究をしています。
S向き電子は高温側に、N向き電子は低温側に
スピンという聞き慣れない言葉は、電子の性質を表しています。磁石がS極とN極を持っていることはご存じですよね。磁石は半分に割っても磁石のままで、さらに電子サイズまで小さくしても、S極とN極があるのです。電子がS向きかN向きかで性質が異なり、それぞれをアップスピン電子、ダウンスピン電子と呼んでいます。
スピンゼーベック効果とは、磁性体に温度差を与えたときに、高温側にアップスピン、低温側にダウンスピンが集まる現象です。
柔らかい人肌にもまとえる発電機
これは十数年前に日本で発見された物理現象で、瞬く間に注目を集めて世界中で研究されました。温度差と電流の向きが直交関係なのが特長で、このため広くて薄い膜で発電することが可能になり、大きな建物や柔らかい人肌などに沿わせて発電するという使い方が生まれます。
例えば、トンネルや大きな橋の劣化を検知するセンサーを動かす電源にしたり、人の健康をモニターするセンサーの電源にしたりと、ぐんと幅が広がります。今はまだ実用的な発電量が取れていませんが、大きくできるような材料を探索研究しています。
研究室にて、高真空成膜装置(1原子ずつ堆積するための装置)の制御盤を見る学生達
健康維持を励行する「未病」の重要性が増しています。それを支えるヘルスケアデバイスを駆動する電源として、体温と外気の温度差でも発電できる布様の発電機の研究で貢献します。
日本でもトンネルや橋など、大型建造物の寿命が来ています。現在は人力で故障検知を行っていますが、センサーをばら撒いてネットワークで監視すれば、網羅的かつ迅速に検知できます。微かな温度差から発電できる大面積の発電膜は、これらを支えます。
◆テーマとこう出会った
磁石に関係する新しい物理現象には、日本で発見されたもの、あるいは日本人科学者が大きく貢献したテーマが多くあります。スピンゼーベック効果もその一つ。せっかく新しい発見がなされたのだから、応用まで持って行って人々の暮らしを豊かにするのも日本で、と思ったのが動機です。
実はこれは、転職前の企業で「先物過ぎる」と却下されたテーマでした。これに対し、そんなハイリスクの研究でもさせるのが、大学の使命だと思っています。特に材料探索の研究は、時間に比例して進展するものではなく、ある時一気に進むものです。周期律表を眺めながら、こうしたらどうだろうと、次の一手について考えを巡らせています。
◆中高時代は
読書・歴史好きで、文系と理系に分かれる時は相当迷いました。中世は文・理の境界が曖昧で羨ましいなんて思ったり。研究者や技術者という職業に興味を持ち始めたのは、大学4年生で研究室に入ってからでしょうか。遠い将来の目標に向かって頑張る人生は格好良いものです。でももし目標が定まっていなくても、また今般のように勉強が多少進まなくても、大丈夫。無駄な経験は何一つありません。好きなことに取り組むのが良いと思います。
◆出身高校は?
神奈川県立川和高校
研究室のメンバーとともに。
学生達は学部4年次に研究室に配属されると、この学生居室で多くの時間を過ごします
工学部電気情報工学科は、電気・電子・情報工学を学ぶ学科です。20世紀以降の世界を形作った物理学に基づく技術を、希望に応じて広く学ぶことができます。特色は、世の中の役に立つ事をやること。社会の課題解決を念頭に置いた研究テーマが盛んです。これを身に付けた学生は、その後電機業界からIT企業まで広範囲で活躍しています。また、本学科に限らず、留学支援制度も充実しています。
クリーンルームでの学生実験の様子
電子立国は、なぜ凋落したか
西村吉雄(日経BP)
一大帝国を築き上げた古代ローマ帝国が衰退していく様は、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』で描かれ、近世イギリスが衰退する際に注目されました。塩野七生著の『ローマ人の物語』でも、興亡の歴史が克明に描かれています(こちらもお薦め本です)。凋落には様々な理由があり、わかっていながら大きな流れを止められないのです。日本も、もはや電子立国と言ってはいられません。何よりも第一歩として現状を認識することが大切です。
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Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ?
米国かシンガポール。夫が両国で働いていたので、休暇ごとに通っていました。理系の人が最先端の仕事をするには良い環境です。引退したら風光明媚な南ヨーロッパでも過ごしてみたいです。
Q2.印象に残っている映画は?
『White nights』。冷戦時代にソ連からアメリカに亡命したバレエダンサーの物語です。主人公を実際に亡命したダンサーが演じています。どんな分野でも、高いハードルを乗り越える話が面白いです。ビデオテープの時代、繰り返し鑑賞しました。
Q3.大学時代の部活・サークルは?
テニスと新体操。ただし長続きせず。
Q4.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?
ヨットの乗組員。各種団体と契約しているヨットで、毎週様々なお客様が乗りこみ、いろいろな業界を見ることができました。かしこまった就職活動では見ることのできない光景です。マスコミ、銀行、メーカー、かつての総理府、国立研究機関など。行きつけのお店のママやお姉さんを連れて来たのは、どの業界かご想像ください。
Q5.研究以外で楽しいことは?
家族団欒。普段は仕事の都合で離れて暮らしていますので、在宅勤務が広まれば良いと思っています。