【芸術一般】
アニメの吹替
日本アニメを海外では吹替えで見る?字幕で見る?
石田美紀先生
新潟大学
経済科学部 総合経済学科 学際日本学プログラム(現代社会文化研究科 現代文化専攻)
映像研には手を出すな!(アニメ)
湯浅政明(監督)
アニメ制作に突き動かされる高校生の青春物語です。原作マンガも素晴らしいのですが、アニメ版はまさしく一見の価値ありです。アニメとは何かをアニメで表現するこの作品には、制作陣の熱がみなぎっています。アニメは複雑な工程をもつ媒体であるため、そこに関わる多数のスタッフが円滑に協働作業を進めなければ、作品として成立しません。途方もない地道な作業とそれを支える情熱があってこそ、作品は私たち視聴者のもとに届けられるのです。
視聴者がつい忘れてしまいがちな事実に、この作品は気づかせてくれます。そして、アニメ研究者である私にとっては、アニメという表現がどのような経緯で成立し、いかに人々に受容されてきたのかを明らかにする、自分の研究の原点を改めて教えてくれるものです。
(※画像はTVアニメ『映像研には手を出すな!』公式ガイド)
日本アニメを海外では吹替えで見る?字幕で見る?
アニメの「音声の現地化」
日本のアニメは世界各地で視聴され、海外に多くのファンが存在します。とはいえ、アニメ制作会社は国内市場を優先してきたので、当然キャラクターはみな日本語で話します。したがって、アニメが海外に輸出される際には、音声を輸出先の言語に変える必要があります。この作業を私は「音声の現地化」と呼んでいます。
吹替えか字幕かは、現地の社会事情で変わる
「海外のファンはアニメを吹替えで見ているのだろうか、それとも字幕で見ているのだろうか」。この素朴な問いが研究の出発点ですが、問題を学術的に解明するには、時代や地域を絞って調査しなければなりません。というのも、アニメの社会的・文化的位置づけは時代や地域によって大きく変わるからです。今回の調査では90年代の韓国、中国、台湾、シンガポールを選びました。
アニメは90年代に大人も真剣に楽しめる表現として海外でも高く評価され、視聴者層が拡大しました。いずれの調査地域もアニメを介して日本と豊かな文化的・経済的交流を築いています。
ただし、それぞれに無視できない違いもあります。同じ作品でも、現地声優による吹替えが制作されている国もあれば、字幕だけの国もあります。音声の現地化は、それぞれの社会事情と密接に関係しているのです。
当初の想定を超えた音声の現地化の多様な実態からは、新たな課題も見つかっています。各地のアニメ関係者の皆さんにインタビューを行い、資料を調査しながら、日本と世界の関係を考察しています。
ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み
ヨハン・ホイジンガ、訳:里見元一郎 (講談社学術文庫)
ホモ・ルーデンスとは「遊ぶ人」という意味です。オランダの歴史学者ホイジンガは、遊戯が人間の知的活動力の源泉であることを、歴史、人類学、言語学、文学など多くの学問領域が蓄えてきた方法を駆使して論じていきます。
遊びは学びの対義語のように思われがちですが、実は遊びこそが学びの基盤であることがわかります。遊ぶのは大好きでも、学校での勉強に意義が見出せない。そんな人には是非読んでもらいたいです。
少年の名はジルベール
竹宮惠子(小学館)
日本を代表するマンガ家竹宮惠子の自伝。1968年に少女マンガ家としてデビューした竹宮は、表現者として少女マンガに変革を起こし、教育者として数多くのマンガ家を育ててきました。
一人の女性が自身の人生をかける仕事に出会い、苦悩しながら成長する過程が、赤裸々につづられています。将来の夢を持っている人にはもちろん、やりたいことが見つからない人、また将来が不安だという人にもおすすめです。
半身
サラ・ウォーターズ、訳:中村有希(創元推理文庫)
19世紀ロンドンを舞台にしたミステリー小説。詐欺罪で服役中の女霊媒師と、彼女を慰問に訪れる女性との、抜き差しならぬ関係が物語られていきます。
緻密な時代描写と語りで読者を翻弄する作者のサラ・ウォーターズは、英文学で博士号を取得した研究者でもあります。学術とエンターテインメントが見事に結びついた一冊で、人文系学問の懐の深さと可能性を教えてくれる一冊です。