【教育社会学】
日本留学
欧米留学が人気の中国 日本への留学の効果を検証する
李敏先生
信州大学
高等教育研究センター
日本留学精神史 近代中国知識人の軌跡
厳安生(岩波書店)
日清戦争から辛亥革命にいたるまでの間、清朝末期の中国から明治の日本に大勢の留学生が来ました。かつては中国を師とした日本ですが、明治維新を経て近代国家へと脱皮しました。今度は日本を師として学びに来た中国からの留学生たち。近代の中国人が日本に留学した時の複雑な心情、実態を生き生きと描いたユニークな近代日中交流精神史です。
大佛次郎賞、アジア・太平洋賞・大賞を受賞し、留日中国人学生研究の古典の一つともなっています。また、41歳まで来日経験がなかった私の恩師である著者の、すばらしい日本語もお勧めのポイントの一つです。
欧米留学が人気の中国 日本への留学の効果を検証する
1980年代中国の改革で、人生に様々な選択
計画経済時代だった中国に生まれ育った私は生まれたところ(戸籍)、卒業した学校に応じて国によって職場が配置され、特別な事情がなければ一生その都市、その職場で平淡ではありながらも平穏な一生を送るという人生の設計図が小さい頃から描かれていました。何もかも既定のレールがひかれていたため、未知なる未来にわくわくどきどきした記憶はほとんどありませんでした。
しかし、世の中は常に変わるもの。閉鎖的だった中国は、1980年代からの改革開放により世界に門戸を開き、自主選択に馴染みのなかった人々が否応なく市場に放り出されました。突如に手に入れたさまざまな選択のチャンスに対し、うまく時代の潮流に乗り、的確な選択をして大きな成功を収めた人もいましたが、より多かったのは選択に迷い、不安を感じ、彷徨する人々でした。
二度の日本留学、そして日本の大学へ勤務
既定のレールから離れ、北京外国語大学日本学研究センターに進学した私は、そこで日本から来た先生と出会い、半年間日本に留学することができました。中国以外の社会、文化、そして何よりも今までと異なる物事の考え方に触れたことで、世界の広さと無限の可能性を感じました。
修士修了後、上海の大学で3年間勤めました。2002年に日本文科省の国費留学奨学金を取得して、二度目の日本留学を果たしました。博士号を取得したあとはそのまま日本の大学に務めることになりました。
修士、博士課程、そして就職後は、初等・中等・高等教育に関する様々なテーマをめぐり、研究を行いました。留学生問題に辿り着いたのはおよそ10年前のことでした。
欧米留学者がより重宝される
日本にいる間に、中国は凄まじい発展を遂げ、日本留学が母国でのさらなる発展のチャンスを逃したのではないかと、ときには日本留学の選択がはたして正しかったのかどうかとを疑うこともありました。
一方、中国では、日本留学と比べ、欧米留学の方がより人気です。中国で就職する場合は、欧米での留学経験を持つ元留学生の方が日本に留学した経験者と比べて、企業に歓迎されやすく、給料も高いと言われています。
どこへ留学したかだけでは測れない価値がある
しかし、日本留学の効果は本当に欧米留学の効果に及ばないのでしょうか。留学経験によって得られる収入の増加は、確かに留学の効果を測る単純明瞭な方法ではありますが、お金以外の留学の効果もあるに違いありません。
また、留学の効果として、中国、日本といった国レベルで効果が出たものもあれば、留学した本人が大きな効果を感じたというものもあります。
例えば、文化の交流、理解の深化等のように、必ずしも明確な指標ではありませんが、国にとっても個人にとっても大きな効果と意義を持っているものもあります。少々抽象的かもしれませんが、そうした日本留学の効果を明らかにすることが私の研究の主な内容です。
中国最大の日本学教育研究機関を調査
北京日本学研究センターを研究対象にしたのは、その特殊性にあります。海外における最も大きな日本学教育と研究機関として、日中両国の学者が一緒に中国における日本学の人材養成を行っており、1985年の成立からすでに30年以上の歴史を持っています。
そこの修了生、教員、関係者などを対象に、深く調査ができれば、より意義のある調査結果が得られるのではないかと期待しています。まだ進行中の調査ですので、最終結果の報告はもうしばらくお待ちください。
得たものが圧倒的に多かった日本留学体験
そして、私個人の体験から言えば、日本にいる間、失ったものもありますが(経済学の言葉では、「機会コスト」といいます)、得たもののほうが圧倒的に多いです。子どもの時に期待していた未知なる未来へわくわくどきどきする新鮮な感情、そして多くの選択肢の中で決断する時のスリル感は、本当にかけがえのない貴重な体験でした。
新型コロナウィルスの危機を乗り越えたあと、皆さんもぜひ海外に出かけてこのような探検をしてみてください。
三体
劉慈欣、訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ(早川書房)
古典天体力学「三体問題」に立脚したSF小説ですが、歴史、社会学、哲学の知識も豊富に取り入れられています。科学には無限性があるということを感じさせると同時に、その限界も感じさせられる内容です。作品のスケールの大きさだけでなく、人間の弱点も赤裸々に描かれている点に感服します。毎年、必ず読み直す作品です。シリーズ2作目の『黒暗森林』及び翻訳中の3作目『死神永生』は現在のコロナ禍中の国際社会も彷彿させる内容があり、それらもお勧めです。
街道をゆく
司馬遼太郎(朝日文芸文庫)
司馬遼太郎の歴史・時代小説よりも、エッセイ風のこのシリーズの方が、私にとってはインパクトがありました。まだ日本語学部在学中で、日本語学習の一環としてこのシリーズを読み始めましたが、異なる地域や国の人々の暮らしの背後にある伝統と文化の源流を、淡々と語る著者の書き方に魅了されました。明るくて軽快な歴史の描き方は、当時の私にとっては新鮮そのものでした。『19 中国・江南のみち』では故郷の蘇州、そして日本語の啓蒙の師が作品に登場し、親近感を覚えたことも、このシリーズをお勧めする大きな理由の一つです。
「空間」から読み解く世界史 馬・航海・資本・電子
宮崎正勝(新潮選書)
時間軸からではなく、領域・領海という空間、及びそれらの空間を結ぶ移動手段に着目した歴史論です。今までの歴史教育と異なる切り口の歴史の語り方は、目から鱗です。世界の見方が一つではないということを教えてくれる作品です。