【経済学説・経済思想】
貨幣
暗号通貨や電子マネーも登場。お金の正体に迫る
結城剛志先生
埼玉大学
経済学部 経済学科(人文社会科学研究科 経済経営専攻)
暗号通貨や電子マネーも登場。お金の正体に迫る
お金はただの紙切れ
普段当たり前に見えているものが、よくよく考えるとよくわからない。お金はその最たるものです。科学の一つの役割は、生活の中に隠れて見えなくなってしまっている問題を発見し、その原因や理由を明らかにすることにあります。
私たちの財布の中に入っているお金は、ただの紙きれ(お札)にすぎません。どうして、これがお金として使えるのでしょうか
経済学はお金を説明できない
長い間、お札がお金として使えるのは、同じ金額の金と交換できるからだといわれてきました。1971年までは確かにそうでした。しかし、それ以降のお札は金と交換してもらえません。それでもなお、この紙きれがお金といえるのはどうしてなのでしょう。
この1971年以降のお金をうまく説明した経済理論は、まだありません。もう50年も経とうとしているのに!これは驚くべきことです。科学の進歩がいかに現実から遅れているかを示す好例と言えます。
商品価値とセットだとお金の正体が見えてくる
そうこうしている間に、ビットコインのような暗号通貨や、ペイペイのような決済手段まで現れ、お金をめぐる世論はますます混乱しているように見えます。
私の研究は、これまでの経済学者がどのようにお金を説明してきたかを分析し、彼らの論争の中から、お金の説明でうまくいっていない箇所を突き止めています。
ポイントは私たちの目に映る常識にありました。お金は、金やお札や電子情報といった見た目にとらわれているうちは理解できない、ということがわかりました。お金は、それが表している商品の価値とセットで理解しなければならなかったのです。
「商品の価値?ナニソレ」と思ったあなたのために、経済学は知の扉を開けて待っています。
1850年代のニューヨーク州で使われていたお金「労働証券」。紙幣には働いた時間が書かれている。
いまやお金は、私たちが生きていく上でなくてはならないものになっています。お金は、私たちの暮らしの良し悪しを左右し、多くの人にとっては悩みのタネです。社会的に見ると、1997-98年にアジアで、2001-02年にトルコとアルゼンチンで、2007-8年には世界で、金融危機が起こり、たくさんの人が家や仕事を失ったり、会社が潰れたりしました。ギリシャでは国が破産しそうにさえなりました。
人びとを幸せにしたり不幸にしたりする、時に人びとを振り回す、一体このお金とはなんだろうかと、多くの経済学者は頭を悩ませてきました。国がお金を創れば良いとか、中央銀行がお札を刷れば良いとかと言われることもあります。
そういった夢見がちなアイディアはお金を適切に理解しないことから生まれます。お金を理解する、この経済学の基礎研究は、公正な社会を構想する際に不可欠なものなのです。
大阪市立大学 #Marx200 記念シンポジウムの様子
オウエン自叙伝
ロバアト・オウエン、訳:五島茂 (岩波書店)
人びとがお金に悩むようになったのはいつ頃からでしょうか。お金の問題を根本から考える一つの方法は、お金のない世界を想像してみることです。19世紀のイギリスで紡績工場を経営していたオウエンは、毎日一生懸命働いても日々の暮らしで精一杯で、子どもの頃から働いていて、満足な教育も受けられない、労働者たちの境遇について考えました。
貧しい人たちが怠けていると批判する人たちもありますが、実際にはそんなことはありません。働いても豊かになれない環境、教育を得て、自分自身を成長させる機会に恵まれない社会が、まずあるのです。だからこそ、財産とお金を公平に分かち合う社会、お金に縛られない社会を構想しなければならない、また、そのように思うに至ったのはなぜか、オウエン自身が語ります。
1830年代前半の新聞「エコノミスト」(ロンドン)と「ニューハーモニー・ガゼット」(アメリカ・インディアナ州)「お金が市場経済を不安定にしている」と告発するロバアト・オウエンの論文が掲載された。
「文明世界に蔓延する困窮の原因とそれを取り除く手段についての説明」(左)、「社会システム論」(右)。