Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
森林保護について学び直したいです。
【美学・芸術諸学】
芸術教育
19世紀イギリスの労働者への芸術教育
横山千晶先生
慶応義塾大学
法学部 法律学科・政治学科
パイの物語
ヤン・マーテル、訳:唐沢則幸(竹書房)
カナダ人のヤン・マーテルによる小説です。2002年にはイギリスのブッカー賞を受賞しました。初めて読んだときは、その文章の美しさと、様々な実験的な創作の試みに息を飲む思いをしたものです。インド人の少年が、家族と家族が経営していた動物園の動物たちと一緒に、日本の船舶会社の所有する船でカナダに移動する際に遭難し、唯一生き残ったベンガル虎と一つ船に乗って漂流するという話です。
言ってみればただの冒険談に聞こえるかもしれませんが、話はそんなに簡単ではありません。パイの語る話を通じてマーテルが描きたかったのは、「宗教」とは、人間の心の底に潜む「悪」とは、という永遠のテーマです。そして何が真実で何が物語なのかという、これも永遠のテーマ。
彼が語ることが真実なのかどうか、ということはどうでもいいこと。歴史とは、結局生き残った人が語ることで伝えられていくものです。そして物語とはそのような歴史を、象徴を使って語っていくものでもあります。一人の少年の物語はそんな大きなテーマを私たちに伝えてくれます。そして私が最も感動したのは、この作品の最後です。これ以上は語りません。ぜひとも手に取って読んでみてください。
19世紀イギリスの労働者への芸術教育
何のために美術を学ぶのか
何のためにこれを学ぶのだろう、と考えることが皆さんもあると思います。例えば、美術や芸術は何のために学ぶのでしょうか。19世紀のイギリスの人たちにとってもそれは一緒でした。
描くことは世界を見る目を養うこと
描く力、何かをデザインする力を身につければ、売るための商品をより魅力的なものにできる。そう考える人もいました。でもその一方で、次のように考える人たちもいました。
「描く」とはある対象を、時間をかけて見ていくことである。つまり、そこから世界を見る目、自然を見る目を養うことができる。そうすれば、その世界と自分がどうつながっていくのかを見出すことができるのだ、と。
「描くことは、見ることだ」。労働者たちに描くことを教えていたジョン・ラスキンのこの考えが、私に研究のテーマを与えてくれました。
教育も芸術も万人に開かれている
その中で大切なことは、教育も芸術も誰か特別な人のためのものではなく、万人に開かれているものであるということです。私が芸術教育の中でも特に19世紀の労働者階級の人々の教育に焦点を当てたのは、この「観察する力」と「描く力」は、平等に誰にでも備わっている能力であるはずだからです。
現代、与えられる視覚情報の多さは、私たちの自ら見ようとする力を奪ってしまっています。過去の教育の現場にさかのぼることで、今一度、時間をかけて自分の環境を見つめることを考え、学ぶことの意義を考えることは、私たちにとっての大きな指針となるに違いない。そう信じて研究を続けています。
教育とは専門家だけが行えるものではありません。みんなが誰かの教育者になれるし、学びたいことは声を上げれば誰かがきっと教えてくれます。そして教育は協力して行っていくことで、公正性も開放性も保たれます。学ぶことも教えることも一人ではなく、協力していくこと。そんな教育や学びのやり取りこそが、これからの包括的な教育のあり方だと思います。
◆先生が心がけていることは?
シングルユース・プラスチックをなるべく出さないこと。あと、生活保護区域で居場所を運営しながら、多くの人々に出会うことです。
わたしを離さないで
カズオ・イシグロ、訳:土屋政雄(ハヤカワepi文庫)
2017年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの作品です。映画化のみならず日本でも演劇になったり、テレビドラマになったりしたので、読んだ人も多いかもしれません。作品が出た当時、イシグロはこの作品をSFとして読んでほしくはないと言っていました。確かに彼の作品の中に流れる一つのモラルは人がどのようなものであれ、置かれた環境の下で、精いっぱい気高く生きようとするその品格(ディグニティ)です。
臓器提供のためにこの世に生まれてきたクローンたちもそれは同じで、彼・彼女たちは自分の宿命を静かに受け入れていきます。その姿は痛ましくもあり、また気高くもあるのだけれど、この物語は決して客観的に読める作品ではありません。創造性(クリエイティビティ)偏重の社会、聞こえの良い言葉の中に隠されていく・あるいは隠さなくてはならない真実(実際にこの物語の中でクローンという言葉は一度しか出てこないし、臓器提供者の死は「完了」という言葉で表現される)、心からの共感を伴わない底の浅い福祉政策や慈善活動など、現代社会への批判が満載です。
しかし、このある意味救いの無い世界の中で「語ること」は大きな意味を持ちます。イシグロ作品のもう一つのテーマは「記憶」です。自らの死を待つ語り手のキャシーにとって、自分と仲間たちの今までを振り返り、語ること、その記憶をとどめておくことは、それだけで自分たちが生きてきた大きな証となるのです。人間は創造性というものを押し付けられなくても、歌い、踊り、そして言葉を紡ぐものなのだ。たとえ明日、死ぬのだと言われても。そんな人間という存在を、言葉による表現で力強く訴える作品です。
わたしは真悟(漫画)
楳図かずお(小学館文庫)
こちらは漫画です。1982年から連載が始まりましたが、そこで展開される世界の奥深さと先見性には本当に驚かされます。ヒューマノイドではなく、産業ロボットの「真悟」に意識が芽生えるという話は、もちろんアイザック・アシモフの『われはロボット(アイ・ロボット)』を意識しているものの、連載が進んでいく中、物語は意識、存在、神の問題など、哲学的な問題へとテーマを多岐に広げていきます。
そしてこの作品も良い例ですが、楳図 かずおの作品のテーマのひとつは「子ども」。主人公の子どもたちは、偏見を持たずにこの大きな世界と対峙していくのです。ただその姿に、私たちはこのカオスと化した世界に放りだされた自分たちを重ねずにはいられません。今だからこそでしょうか。何度読んでも新たな感動が沸き起こります。2016年にはフランスの振付家、フィリップ・ドゥクフレの演出でミュージカルにもなりました。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
森林保護について学び直したいです。
Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ?
イギリス。イースト・ロンドンは私の研究の中心地でもあるから。
Q3.一番聴いている音楽アーティストは?
Klaus Nomi。特に、『Cold Song』。それからPink Floyd。アルバムの『Dark Side of the Moon』がお気に入りです。
Q4.感動した映画は?印象に残っている映画は?
『アラビアのロレンス』。大学の卒業論文はT. E. Lawrenceがテーマでした。
Q5.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?
インド・レストランのチラシ配り。その後のまかないが楽しみでした。