【昆虫科学】
複数の女王アリが、みんなでアリの共同育児をする!昆虫の行動の不思議に迫る
佐藤俊幸先生
東京農工大学
農学部 共同獣医学科(農学府 共同獣医学専攻)
女王アリというと、働きアリや兵隊アリに君臨する孤高のイメージが強いですが、複数の女王アリがいて、しかもそれぞれの女王が非血縁者間の協力行動をする非常に珍しい例があります。
このまれなアリは、チクシトゲアリといいます。チクシトゲアリは、血縁のない女王同士、同じ巣で越冬し、時に口移しで栄養を交換し合い、共同で育児をして、コロニーを創設するのです。この複数の創設女王は、その後成熟したコロニーでは単女王となり、その女王は攻撃的になります。なぜ非血縁者間で協力行動をするのか、どのようにして最終的に女王は1個体のみになるのか、これまで報告例はありませんでした。
オクトパミンが、敵対行動のスイッチを入れる!
私は、血縁のない女王同士の協力行動が維持される条件、女王の行動が敵対へとスイッチするメカニズム解明に取り組み、オクトパミンという神経作用修飾物質(ドーパミンなどとともに生体アミンと呼ばれる物質)の濃度を計測しました。その結果、創設期の女王数が多いほど、女王の脳内でこの物質の濃度が高いことがわかりました。
さらに、創設女王にこの神経作用修飾物質を摂取させると、協力行動の場面が減り、逆に相手の触角を噛んで引っ張るなど、敵対的な行動を誘導できることが判明しました。この成果は、協力行動・社会性の進化の普遍的な原理を理解する上で、重要な示唆を与えると期待されます。
一般的な傾向は?
●主な職種は→大学の教員や研究機関の研究者
分野はどう活かされる?
昆虫学を教える大学で教授として教育と研究を行っている卒業生がいます。学位取得までの研究経験を活かし、昆虫生理学では若手中堅のリーダー的存在として活躍しています。また、同じく学位取得までの研究経験を活かし、国の研究期間で、農業害虫のコントロールを扱う分野の主任研究員・女性研究者として活躍している卒業生もいます。
たくさんの昆虫研究者を輩出している学部で、昆虫学の基礎から応用まで学べます。また、学生の面倒見も良いと言われています。学生サークルの昆虫研究会は100年近い伝統があります。
好奇心旺盛に失敗を恐れずに何事もチャレンジして欲しいと思います。
【テーマ例】
・血縁のない創設女王アリ同士の協力行動を操作する実験
・奴隷狩りをするアリとその宿主のアリとのインタラクション
進化を飛躍させる新しい主役 モンシロチョウの世界から
小原嘉明(岩波ジュニア新書)
モンシロチョウのオスはどのようにしてメスを探すのか、著者はオスがメスの翅の紫外線領域の反射の違いを見分けると結論するのだが、どのような仮説を立て明らかにしたのか、研究の進め方、考え方が実体験とともに理解できるわかりやすい本。
卒業研究や修士・博士論文になった研究が紹介され、学生と一緒になって壁に突き当たりながら、行動原理を追及していった軌跡が書かれている。教科書には載っていない著者の新しい仮説も紹介されている。また昆虫の配偶行動、オスとメスの翅色の性差、配偶者認知の進化を地球的規模でダイナミックにとらえ、昆虫の行動原理を追及している点で、昆虫科学という学問の読み物として高校生にお勧めできる。
進化とはなんだろうか
長谷川眞理子(岩波ジュニア新書)
著者は人類学者で、進化生物学の観点から人間の行動性向を理解しようとする進化心理学に関する著書が多い。進化心理学とは、ヒトの心理メカニズムの多くは生物学的適応であると仮定し、ヒトの心理を研究するアプローチのことだ。特に性にまつわる問題への関心が高く、この本でもオス・メスの性差の意味、配偶をめぐる競争などを書いている。
ちなみに著者の夫も人類学者で、夫婦による共著も多い。生物がどのように進化してきたかについて、様々な具体例とともに、そのメカニズムについてわかりやすく記載されている。ダーウィンの自然選択説、性選択や血縁選択など重要概念を理解できる。
生物進化を考える
木村資生(岩波新書)
著者は遺伝学者。分子レベルで遺伝子の変化を見ると、ダーウィンの自然淘汰説に対して、有利にも不利にも働いていないという「進化中立」説を唱え、大論争を引き起こしたことがある。この本は、ダーウィンの自然選択説を補強し進化の総合説の確立に貢献した、中立進化の考え方について理解できる。
つきあい方の科学 バクテリアから国際関係まで
R.アクセルロッド 松田裕之:訳(ミネルヴァ書房)
表題の「国際関係」とは人間の経済活動を、「バクテリア」とは生物の行動を象徴的に言い表している。この本は、生物間の行動から社会学的な経済活動まで利害対立を含めた行動原理を、ゲーム理論を用いて解明しようとする。
ゲーム理論はアメリカの数学者、フォン・ノイマンが開発し、経済学の分野で発展してきたものだが、生物学においても積極的に利用され、進化ゲーム理論として発展してきたという背景がある。著者は政治学者だが、この本は、ゲーム理論を生物の個体間や国家間の相互作用のあり方に応用したもので名著と言える。