【水圏生命科学】
日の長さや水温は繁殖にどのように関わるのか~養殖業を支える水圏生命科学
征矢野清先生
長崎大学
水産学部 水産学科(水産・環境科学総合研究科 海洋フィールド生命科学専攻/環東シナ海環境資源研究センター)
魚はいつから大人として繁殖ができるのでしょう。魚類の卵子や精子の形成はどのように行われ、それはどのような環境変動の影響を受けるのでしょう。また魚類には、オスからメスへ、あるいはメスからオスへと性転換するものや、雌雄同体のものが多くいます。なぜそのように不思議なことが起こるのか。海や川の生物には、まだまだわからないことがたくさんあります。
私は、魚類の繁殖に及ぼす日長や水温の影響について調べています。春から夏に産卵する魚にとっては、日が長くなること、暖かくなり水温が上昇することが必要です。日長や水温は、どのように卵子や精子の形成・発達・成熟を制御しているのか、体の中の情報伝達物質であるホルモンの動きと関連づけて、日長や水温の影響を調べています。
魚の産卵時期は限られていますので、水温や日長の影響がわかれば人為的に調整して、好きな時に卵子や精子を作ることができます。いつでも養殖を開始することができるようになります。
魚類の産卵までの時期を早める技術に向けて
1年で成熟し産卵する魚もいれば、初めて成熟するまで何年もかかる魚もいます。成熟の仕組みは、脳の中から分泌されるホルモンと成長によって支配されていると考えられます。そのメカニズムの解明に取り組んでいます。
解明されれば、成熟するまでの時期を早めることができるようになります。産卵までに何年もかかる魚を管理するには、お金も労力もかかります。成熟をコントロールできれば、養殖にとって画期的な技術になるでしょう。
一般的な傾向は?
●主な職種は→国や県(水産研究所や水産試験場)の研究者・技術者、水産・食品・医薬品メーカーの技術者、水族館飼育員、大学や高校の教員
●業務の特徴は→水産あるいは環境関係の現場で、基礎研究や技術開発、商品開発をする者が多い
分野はどう活かされる?
次のような仕事に就いて、大学で学んだことを活かしています。
・水産系大学の教員として、学生指導と研究をしている。
・国や県の水産研究所において、海洋調査や魚類の養殖研究などに携わっている。
・水産や食品メーカーにおいて、水産生物の知識を生かし、水産生物の流通や品質管理、養殖用餌の開発、水産食品の開発などを行っている。
・水族館において、魚類や海洋ほ乳動物の飼育を行っている。生物の生理状態を理解する上で、大学での経験が役に立っている。
実際の海や川へ出て、その環境を調べるとともに、そこに生息する生物がどのように繁殖するかについての観察を行います。その情報をもとに、産卵するためには日長や水温がどのような役割を果たすのかを、飼育実験によって調べます。特に、体の中で環境情報がどのように体内の情報(ホルモン)に置き換えらえて卵子や精子を作るのかを、生理学的方法や分子生物学的の方法で調べます。
このような繁殖情報をもとに、私たちが食べる魚をどのように養殖すれば良いか、また、水槽の中で次の世代を作るにはどうしたら良いかを調べます。つまり、生物の繁殖機構を理解した上で、水産養殖の技術を開発します。
水圏生命科学は、海や川に棲む生物の体の中で何が起きているのかを知る学問です。まず、生物の暮らしぶりを理解することから始まります。どのようなところに生息しているか、その水質や環境はどうか、また、行動やどのような餌を食べているかなどを、自分の目で見ることが大切です。
次に、そのような暮らしぶりはどのように制御されているのかを理解するために、体の中で起きていることを調べます。そのために血液を採取したり、脳や生殖腺、肝臓などを摘出し、体内の情報伝達物質であるホルモンの濃度を測定したり、重要な機能を持つタンパク質の遺伝子発現を調べたりします。
時には、水温や日長をコントロールした水槽で飼育実験をしたり、薬品や化学物質を投与し飼育実験したりして、その影響を調べます。生きた生き物を使い、体の中で起きている変化を調べるわけです。この分野では、組織を体外に取り出して行う培養試験や、組織切片を作製し顕微鏡を使った組織観察も行います。
この分野の研究を行うためには、生き物が好きだということ、そして、ホルモンを調べたり遺伝子発現を調べたりする生理学や化学分析など、実験室での作業も好きだということが大切です。
・水温の変動が、魚類の卵子や精子の形成や産卵に及ぼす影響:ドジョウやメダカなどの淡水魚や、ゴンズイやシロギスなどの海産魚を使って、水温の上昇や低下によって卵子や精子がどのような影響を受けるのかを調べる。
・産卵に及ぼす魚類のフェロモン研究:海産魚であればゴンズイやハタ類など、淡水魚であればドジョウやアユなどを使って、雄と雌を一緒にして飼育した場合、雄と雌をばらばらで飼育した場合、雄あるいは雌の飼育水を別の性の魚の入った水槽に流し込んで飼育した場合で、産卵にどのような変化起こるのかを調べる。
・産卵を誘導する研究:コイ、アユ、メダカなどを使って水温を上げたり、ホルモンを注射したりして、産卵を人の手で誘導できるかを調べる。
水から出た魚たち ムツゴロウとトビハゼの挑戦
田北徹、石松惇(海游舎)
干潟という特徴のある海に棲むムツゴロウとトビハゼは、水の中ではなく干潟表面を主な生活の場としているが、どうやってこのような暮らし方になったのだろうか。この本は、ムツゴロウとトビハゼの生物学的な面白さに加え、干潟の重要性も理解させてくれる。また、トビハゼ類の養殖や漁法・料理方法まで広く紹介している。この本を通して、生物の面白さや干潟・海洋環境の重要性に気づいてほしいと思う。
生殖に何が起きているのか 環境ホルモン汚染
村松秀(NHKスペシャルセレクション)
世の中には、人の暮らしを豊かにするために作り出された化学物質が、たくさんあふれている。しかしそれらの中には、生物の繁殖を狂わせる物質が多く含まれる。特に水域に棲む生物は、そのような化学物質の影響を強く受ける。この本は、今でも続いている化学物質汚染の影響を教えてくれる。環境と繁殖を見直す機会となるに違いない。
魚たちの繁殖ウォッチング 求愛から産卵まで、その知られざる営み
阿部秀樹(誠文堂新光社)
いろいろな魚の求愛から産卵までの様子を、写真を交えて紹介している。野外観察などのためのガイドブックではあるが、魚の繁殖の多様性や不思議に気づくことのできる本である。なかなか見ることのできない、魚の繁殖活動を知ってほしい。
求愛・性行動と脳の性分化
小林牧人、小澤一史、棟方有宗(裳華房)
魚の性と繁殖、制御のメカニズムやその多様性を、ホルモンの役割から理解しようとする本である。魚類の天然での暮らしぶりと、その生活史の中での繁殖の役割や特徴をホルモン(内分泌)から紐解くもので、多少難しい内容も含んでいるが、繁殖現象に伴って起こる体内の変化を理解することができると思う。