【発生生物学】
ヒトの皮膚細胞に乳酸菌を感染!? 驚きの実験を経てリボゾームの万能性を発見!
太田訓正先生
九州大学
基幹教育院 幹細胞生物学分野
2006年、人工的に細胞に遺伝子を導入して、ほとんどすべての細胞に分化できるiPS細胞が発見されました。現在、iPS細胞は、再生医療、薬の開発、病気の原因解明に幅広く用いられています。ただしiPS細胞は私たちの体には存在しません。自分の体から万能細胞を作ることを模索していた私たちは、細胞内のリボゾームで可能なことを見出しました。
まず、私たちは細胞に乳酸菌を感染させれば新たな細胞が確立できるのではと考え、ヒト皮膚細胞に生きた乳酸菌を感染させてみました。こんな実験は世界中のだれも行ったことはありません。ヒト皮膚細胞が乳酸菌を取り込むと、細胞塊が形成され、それらは培養条件を変えることで、様々な種類の細胞へと分化できることが明らかになりました。つまり、乳酸菌が宿主細胞を形質転換したのですが、ほとんどの研究者は私たちの結果を信じませんでした。その後、様々な実験を経て、私たちはリボソームが細胞を形質転換できることを見出しました。
リボソームは長い間、タンパク質合成装置として世界中で認識されてきたので、このような形質転換活性を持つことは全くの驚きでした。現在は、リボソームがどのようにして宿主細胞を形質転換するか、その分子メカニズムの解明を目指しています。
リボソームががんの増殖を止める
ここで、一つのアイデアが思い浮かびました。無限に増殖するがん細胞に、この形質転換能力を持つリボソームを取り込ませればどうなるかと考えたわけです。5種類のヒト由来のがん細胞株にリボソームを取り込ませたところ、それらはどれも細胞塊を形成し、そのまま細胞塊としてがん特有の増殖を停止しました。
今後、がん細胞がリボソームを取り込むことによって、どのようにして細胞増殖が阻害されるのかを分子レベルで解き明かす予定です。リボソームはほとんどすべての生物が持つ、天然に存在するものなので、将来的に副作用のない安心・安全な抗がん剤の開発に寄与できると考えています。
「発生生物学」が 学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)
その領域カテゴリーはこちら↓
「7.生物・バイオ」の「21.分子生物学・細胞生物学・発生生物学、生化学(生理・行動・構造等 基礎生物学も含む)」
一般的な傾向は?
●主な業種は→国内外の大学・研究所、薬品会社、食品会社
●主な職種は→研究者(基礎研究)、総合職、営業
分野はどう活かされる?
国内外の大学や企業で研究に携わっている人が多くいます。
私が所属する基幹教育院は、文系と理系の研究者から構成され、最先端の研究活動を背景に、専攻教育や大学院教育にも携わっています。1年時には、文系と理系の学生が同じ授業を受けることで、様々な考えを持つ人がいることを認識し、未知なる問題をも解決してくための幹となる「ものの見方・考え方・学び方」を学んでもらいます。九州大学内では、最先端の幹細胞研究が、基幹教育院だけでなく、理学部生物学科や医学部でも盛んに行われています。
大学での勉強は、誰かと競争する受験勉強とは異なり、自分の興味に従って自分で考え、自由に勉強することができます。また、大学での研究は、誰もやったことがないオンリーワンの研究を心がけ、新たな発見を見出すことを目指しています。高い志を持って、大学生活に挑んでください。
以前、高校生のグループが、私たちの研究室で実験を行いました。私たちは、ヒトやマウスの細胞を用いて実験を行いますが、彼女たちは、私たちの研究との違いを明確にするために、メダカの細胞を用いました。メダカのヒレ細胞にリボソームを取り込ませると、細胞塊が形成され、私たちの実験結果を再現できました。これとは別に、どの生物由来のリボソームを使うことによって、その形質転換活性に差が出るかを検討することも興味深いと思います。
発生生物学 生物はどのように形づくられるか
ルイス・ウォルパート 大内淑代、野地澄晴:訳(丸善出版)
私たちの体は、もともと1個の受精卵が分裂を繰り返してできたものであり、どの部分をとってみても、形と機能が見事に調和している。本書では、たった1個の細胞から、どのようにしてこれほど精巧な生物になるのかという疑問を、分子レベルから、細胞、組織形成、個体発生へと最先端の研究を通じて解説している。生物に共通する発生の基本メカニズムについて、重要な概念を含め、基本をわかりやすく解説しているため、高校生なら十分理解できる内容である。
見た目の若さは、腸年齢で決まる
辨野義己(PHPサイエンス・ワールド新書)
乳酸菌による腸内フローラ制御といった基礎的研究内容から、健康にもたらす実際の影響を幅広く解説している。大腸がん、花粉症、アレルギーなどと腸内環境の関係を探り、病気の治療から予防に至るまでの活用について解説する。
新薬に挑んだ日本人科学者たち 世界の患者を救った創薬の物語
塚崎朝子(講談社ブルーバックス)
薬が完成し世に出るまでには、膨大な費用と歳月、たゆまぬ開発努力が必要だ。実は、近年、日本人が世界に誇れる薬をいくつも送り出している。そうした日本人研究者の開発物語を紹介する。コレステロール値を下げる薬を開発した第一三共の研究者ほか、エイズウイルスの増殖を抑える薬、アルツハイマー病の進行を遅らせる薬、身近なところでは胃腸薬に使用されるガスターなど。