【腫瘍生物学】
がんで最もやっかいな「転移」に取り組む~新しい転移誘引センサー分子の発見
阪口政清先生
岡山大学
学術研究院 医歯薬学域 機能再生・再建学専攻 細胞生物学分野
がんという病気が怖い理由の一つに、転移があります。どうしてがんは再発してしまうのでしょうか。それは目に見えないレベルの小さながん細胞が、手術前すでに違う箇所へ転移しているからです。
中でも最も転移速度の速いものに、ホクロから発生したメラノーマという皮膚がんがあります。メラノーマの症状は、皮膚の表面をおおう表皮という部分に起こります。しかしその下に、血管やリンパが通っている真皮があります。メラノーマは、表面に広がっていくと同時に、皮膚の奥にも成長します。例え表面だけだと思っていても、実は皮膚の奥へと達している可能性があります。それが真皮に達すると、リンパや血管を通じて、全身に転移する危険性があるのです。
私は腫瘍分子生物学を専門に、がんの「転移」という現象に着目しています。肺から出てくる炎症性のがん細胞誘引因子を調べ、転移を感知する新しいセンサー分子群を見つけることに成功しました。実はメラノーマが皮膚に発生すると、肺に炎症が起こり、メラノーマを誘引する因子がたくさん放出されます。この因子が血中を伝って、遠隔のメラノーマがん細胞の表面にあるセンサー分子にキャッチされることで、肺に転移します。
そのことは以前から知られていましたが、私たちは、このセンサー分子の新しいタイプを発見したのです。現在、がんの転移の分子制御機構とその制御をテーマに、がん細胞におけるこの新規分子群の機能や役割を、分子レベルで理解するための研究をしています。
転移を抑える分子標的医薬品を作る
転移さえ抑制できれば、がんはそれほど怖い病気ではありません。一つの場所にとどめられれば、外科手術を含め、いろんな根絶対策が可能となってきます。そこで、治療困難な転移性がんに関して、「この方法を用いれば、かなりの確率でがんの転移抑制の効果が期待できる」という創薬の手法の開発に取り組んでいます。
すべてのがん種に共通して同じ効果のある薬を開発することは、不可能だと思います。制御法の確立されていない治療困難ながんにおいて、たった一つの種類のがんであっても、副作用を軽減した形で選択的に転移を制御できたら、非常に大きな貢献を社会にもたらすと思っています。
知識収集と取材も含めた最先端の情報収集から、自身の新しい考えを導きだす一連の取り組みは、立派な研究です。がんは身近に起こりうるもので、身内をはじめとする大切な方には起きてほしくない病気の一つです。
それで、がんの予防にはどのような生活習慣を身につけ、どのような食べ物が良いかなどを調査するテーマを、まずはお勧めします。よく耳にするものでもその本質(なぜそうなるのか)がわかっていないことがたくさんあります。例えば、
1 熱いもの、辛いもの、ショッパイものとがん
2 タバコやアルコールとがん
3 こげた食べ物とがん
4 お茶やコーヒーはがん予防に効果がある?
5 腸内細菌とがんの関係、ヨーグルトや納豆に含まれる善玉菌は、がん抑制に有効?
6 ビタミンCとがんの関係、ビタミンCは本当にがん抑制効果を持つ?
7 パピローマウイルス(イボを誘発)による子宮頸部がんを予防するためには?
8 ピロリ菌と胃がんの関係、改善にはニンニクが効果あり?
ヒト細胞の老化と不死化
井出利憲(羊土社)
身体のすべての病気は細胞の異常が起源だ。がんも、細胞がおかしくなったことから起こる。身体の指令を無視した、自己中心的な無限増殖を引き起こすのだ。そのがんを知るための基本を、この本から学ぶことができる。
正常細胞ががん細胞に変化するには、老化という現象を乗り越え、不死化という現象にたどり着くことが第一歩なのだが、研究によるデータを踏まえ、そうしたことへ興味がわくように書かれている。
分子生物学講義中継 細胞生物学と生化学の基礎から生物が成り立つ仕組みを知ろう
井出利憲(羊土社)
サブタイトルに「教科書だけじゃ足りない絶対必要な生物学的背景から最新の分子生物学まで楽しく学べる名物講義」。分子生物学は、生命科学の基礎となる学問だ。分子生物学の基礎を勉強するには、もってこいなのがこの本。
病気は細胞の異常が原因だが、細胞の異常は、細胞内分子の異常から起こるものだ。その分子生物学を、挫折なく、ストレスなく、楽しく学べるこの本をおすすめしたい。