【実験動物学】

自在なゲノム改変~理想的な遺伝子改変マウスを作製する技術開発と応用

大塚正人先生

 

東海大学

医学部 医学科 基礎医学系(医学研究科 医科学専攻、先端医科学専攻)

 

 どんなことを研究していますか?

実験動物学の分野では多くの遺伝子改変マウスが作製されていますが、その中には医学に大きく貢献をしたマウスの例がいくつもあります。例えば、小児麻痺を引き起こす原因ウイルスであるポリオウイルスの受容体の遺伝子(ヒトの遺伝子)を、マウスに導入した例です。

 

ポリオウイルスはふつう霊長類にだけしか感染しませんが、このマウスには感染し、小児麻痺のような症状を示します。これまではワクチンの開発試験にサルが用いられていましたが、このマウスが開発されたことで、安価でかつ簡便にワクチン検定が行えるようになりました。

 

ほかには、ヒトの発がんに関連する遺伝子が導入されたマウスがいます。このマウスは発がん性物質に対する感受性が高く、短期間でがんが生じることから、様々な化学物質の発がん性試験に利用されています。最近では、ヒトのACE2受容体遺伝子が導入されたマウスが、新型コロナウイルスの研究に利用されています。

 

私の専門は遺伝子工学、発生工学です。おもにマウスを用いて、すぐれた病態モデル動物を作製する遺伝子改変技術を開発してきました。例えばゲノム上の特定の場所をねらって、病気に関連した遺伝子を挿入する技術などです。狙った場所に遺伝子が挿入されることで、従来の遺伝子改変マウスよりも安定して再現性のある遺伝子発現を示すマウス、すなわち質の良いモデルマウスを作ることができます。

 

このマウスを用いることで、生体内で起こっている様々な現象のより深い理解が期待できます。またヒトの病気を正確に反映したモデル動物を用いれば、例えば、新薬の検証実験などをより正確に行うことができると考えられます。

 

究極のゲノム編集技術

 

ゲノムとは、その生物に必須なすべての遺伝情報のセットであると言われています。言い換えると、すべての生命体の営みは、ゲノム遺伝情報をもとにした設計図に書かれているということです。そのゲノムDNAの配列を自由自在に改変できる究極の技術が、少し前に開発されました。

 

それをクリスパーゲノム編集技術と言います。2020年のノーベル化学賞がこの技術の開発者に贈られましたので、「クリスパー」という単語を聞いたことがある人も多いのではと思います。2013年に動物細胞への応用例が発表されたのですが、またたく間に世界中の研究者が利用するようになりました。ゲノム編集技術の登場により、遺伝子治療なども含めて、これまでは不可能、あるいはきわめて困難だった様々なことが簡単にできるようになってきています。

 

私たちはこのクリスパーゲノム編集技術を応用した遺伝子改変技術の開発も進めています。その一つに、より効率良く遺伝子を挿入する技術の開発があります。2015年に開発した、長い1本鎖DNAを用いるというやり方で遺伝子を挿入する技術です。この方法を用いると、従来より数倍〜10倍もの効率で、目的遺伝子をゲノム上の狙った場所に挿入できます。それによって小規模の実験で目的の遺伝子改変マウスを作製できるようになりました。

 

最近は、遺伝子改変マウスの作製だけでなく、遺伝子を思いどおりに改変する技術と、DNAやRNAなどの核酸やタンパク質を自在に細胞や臓器に送達するデリバリー法の開発や、それらを用いて、新しい遺伝子治療法を開発することをめざしています。

 

アメリカで開催された技術講習会でゲノム編集マウス作製法を実演しているところ (ノーベル賞を受賞されたマリオ・カペッキ先生も見ています)
アメリカで開催された技術講習会でゲノム編集マウス作製法を実演しているところ (ノーベル賞を受賞されたマリオ・カペッキ先生も見ています)
 この分野はどこで学べる?

「実験動物学」学べる大学・研究者はこちら(※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

8.食・農・動植物」の「29.獣医・畜産、応用動物学」

 


 学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

 

●主な業種は→基礎研究、IT企業、食品関連会社、大学など

●主な職種は→研究員、研究補助員、その他

 

分野はどう活かされる?

 

DNA等を扱う技術を応用して、各種基礎研究に携わっています。

 

 先生の学部・学科はどんなとこ

私が所属している基礎医学系では、実験動物を用いた基礎的研究が盛んに進められており、私が行っているマウス遺伝子工学的技術開発のほかに、マウス突然変異体を用いて脊椎骨の発生に関する研究を展開している先生や、神経変性疾患についてマウスモデルを用いて研究されている先生、ヒトを含めた様々な動物における主要組織適合性遺伝子(MHC遺伝子)の多様性を研究されている先生、霊長類であるマーモセットを用いて妊娠免疫研究を進めている先生などがいます。

 

どの先生も、研究の進め方や考え方から将来の進路についてまで、親身になってアドバイスしてくれます。博士号を取得して将来研究者をめざす学生さんはもとより、就職する学生さんにとっても自らを成長させることのできる環境であると思います。

 

 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
細胞培養実験中
細胞培養実験中
 先生からひとこと

このような遺伝子改変マウスの恩恵を少なからず受けて、医学が発展してきたことを知ってもらえたらと思います。また、今話題のゲノム編集技術には遺伝子を自在に改変できるすごさがありますが、この技術を人はどのように利用していくべきか考えてみるのも良いかもしれません。

 

 先生の研究に挑戦しよう

少々難しいように感じるかもしれませんが、高校生物の知識があれば、以下のテーマを理解できるかと思います。

・狙った臓器にいかに効率よく遺伝子や試薬を届けるかの方法の開発

・ヒトの病気を模倣したモデルマウスの作製や、それを用いた遺伝子治療法の開発

 

 興味がわいたら~先生おすすめ本

ノックアウトマウスの一生 実験マウスは医学に何をもたらしたか

八神健一(技術評論社)

生命現象の解明や医療に向けた研究を支えている実験動物「マウス」に感謝しつつ、その活躍ぶりが紹介されている。著者は実験動物学の第一人者の一人。実験動物として古くから使われているマウスについて、その背景から始まり、なぜマウスを使うのか、どのような研究に利用されるのかについて、わかりやすく書かれている。

 

ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスなどの作り方を含めた技術的な点についても、歴史からその応用に至るまで幅広く解説。一般向けとしては多少難しい部分もあるが、実験動物を扱う研究についての全体像が見えるだろう。 



二重らせん

ジェームス・D・ワトソン 江上不二夫、中村桂子:訳(講談社文庫)

DNAの構造を解明してノーベル賞を受賞した著者、ワトソンによる自伝的な本。研究の熾烈な競争と、人間関係や感情・心情が生々しくリアルに書かれており、良い意味でも悪い意味でも人間味のあふれる内容となっている。ワトソンの一方的な視点から書かれているが、他の登場人物であるクリック、ウィルキンスの自伝や、フランクリン女史について書かれた本もあるため、比べて読んでみるのもよいだろう。 



精神と物質 分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか

利根川進、立花隆(文春文庫)

抗体がいかにして多様性を得るのかについて、その遺伝学的原理を解明してノーベル賞を受賞した利根川進博士と、ジャーナリストの立花隆との対談。ノーベル賞受賞者が、その発見に辿り着くまでに何を考えいかに生きてきたのか、その過程が描かれている貴重な本。

 

高校では、知識を吸収する勉強が大半かも知れないが、研究は疑問(=わかっていないこと)を明らかにするために考え続け、試行錯誤しながら探求を続けるもので、知識があればできるものではない。この本からは、その研究についての考え方や面白さ、さらにその厳しさについても感じることができる。研究者をめざすのであれば、ぜひ一度読んでみてほしい。 



恋愛遺伝子 運命の赤い糸を科学する

山元大輔(光文社)

男子学生が二晩着続けたTシャツの匂いを嗅ぐ…。想像しただけでも臭ってきそうな話だが、これは真面目に行われた実験。匂いを嗅いだのは女子学生であり、その結果は「自分とかけ離れたHLA型の相手の匂いを好む」というものだった。白血球の血液型といえるHLA分子は、臓器移植の際に重要だが、実は異性との相性にも関与していることがわかってきた。異性の好みも遺伝子に支配されているかもしれないという点で、大変興味深い。