【高分子・繊維材料】
孔雀の羽の色彩構造をヒントに、染料を使わない布を作る
廣垣和正先生
福井大学
工学部 物質・生命化学科(工学研究科 繊維先端工学専攻)
クジャクのオスの羽はとてもきれいです。光が当たると、色は大きな変化をします。またオパールは大変美しい輝きを持った宝石です。化学構造的には、ケラチンや二酸化ケイ素の小さな粒子がきれいに配列してできています。光が当たるとこの粒子が反射する光の波を重ね合わせて、七色に輝いて見えます。このように構造の大きさ、あるいは見る角度に応じて、様々な色彩の見え方をする発色現象を「構造色」といいます。
私の専門は、繊維・高分子材料の染色と機能加工です。クジャクやオパールに見られる構造色を利用して、染料を使わない染色布の研究をしています。つまり生きものの構造を模倣した「染料を使わない発色法」の開発です。
また繊維の機能加工にも取り組んでいます。繊維は、細くて長くて、柔軟なのに強度が高い材料です。このような材料はほかにありません。繊維は衣料にとどまらず、医療や土木・建築、産業設備、自動車に航空・海洋・宇宙開発など、科学技術の未来を支える材料として欠かせないものになっています。そのような中で、超臨界流体や電子線の照射など先進的な技術を利用して繊維を改質し、求められる機能を作り出す研究を続けています。
染色による大量の水の消費・排水をストップ
繊維の染色には、繊維の重さの数百倍以上の大量の水とエネルギーを消費します。染色工業は、世界で年間に5.8兆リットルもの水を使用し、工業用水汚染の20%とも言われる大量の廃液を排出しています。2050年には世界の3人に1人が水不足にみまわれるとも言われています。繊維製品の生産量は、地球の人口増加と発展途上国の発展にともない年々増加しており、染色工業の環境負荷を減らすことは大きな課題になっています。
また染料は光により分解して色落ちや変色がおき、時に有害性が疑われ、染色排水による環境汚染が問題になることがあります。そこで、私たちは、染色に使う水を出さない方法に取り組んでいます。
その方法はこうです。二酸化炭素の入った容器に温度と圧力をかけると、液体と気体の区別がつかないような特殊な状態になります。これを超臨界流体といいます。この特殊な状態を利用して排水が出ない染色法の研究を行っています。この研究は、染色産業の環境負荷の低減により、持続可能な人間社会の構築につながると考えています。
一般的な傾向は?
●主な業種は→繊維、高分子、化学
●主な職種は→研究・開発職、生産技術職
分野はどう活かされる?
繊維に色々な機能を持たせる方法の研究、それを通して着る人の快適さを追求した衣服(抗菌・消臭・撥水・吸水・防汚・環境応答性など)の開発、衣服以外への繊維の用途拡大に関する開発。
繊維に関する研究に歴史があり、繊維の加工(染色・仕上げ)の研究に特色があります。最近はナノファイバーの紡糸やその医療への応用展開の研究も進められています。炭素繊維複合材料の研究も始められてきました。
身の周りのものに興味をもって生活してみてください。自然のもの、人工のものにかかわらず、日常、何気なく見ているもの、使っているものにも、高度な科学や技術が存在しています。「なんでこうなるのだろう?」と、原理が気になりだしたら、研究者や技術者への第一歩を踏み出しています。
大学では、「なんでこうなるの?」を解決するための知識や方法を学びます。現象の原理が分かれば(理学)、それを人のために役に立たせること(工学)ができます。ぜひ、身の周りで興味を持ったことを学科選びの参考にしてみてください。繊維やプラスチックに興味があれば、一緒に研究しましょう。
・ヒドロキシプロピルセルロースを用いたコレステリック液晶による構造色
タマムシやカナブンのような昆虫の羽根は、液晶による構造色により色づいています。ヒドロキシプロピルセルロースを様々な濃度(どろどろになるぐらい濃いめ)で水に溶かしてみましょう。また溶液の温度を変化させてみましょう。昆虫の羽根のような、いろいろな色が観察できると思います。これはコレステリック液晶と言われる構造による発色ですが、どのような原理で発色しているのか、知らべたり、考えたりしてみましょう。
モルフォチョウの碧い輝き 光と色の不思議に迫る
木下修一(化学同人)
美しいモルフォチョウの、青く輝く色はどうやって生み出されるのか、その謎に迫る。日常の中で感じた不思議を、科学的な原理・原則により解き明かしていくという科学の大切な過程を読むことができる。モルフォチョウの色を人工的に再現しようとした挑戦も紹介。
本書には構造色で発色する繊維の紹介があるが、構造色は繊維の新しい着色法として注目されている。構造色は、自然界では一部の虫や鳥、魚に見られ、微細な構造が光と相互作用して発色する現象で、一般的な染料にない美しい色調を持つ。繊維は太古から染料で着色してきたが、構造色を利用することで、今までにない美しい色が作り出せ、また、染料廃液による環境汚染などの課題が解消されると期待されている。
科学の方法
中谷宇吉郎(岩波新書)
中谷宇吉郎先生は、北海道大学で雪の結晶や人工雪の研究に長年取り組んできた研究者。自然科学のありかたについて議論が巻き起こっている今こそ、科学のあり方やその未来を考えるために、本書を手に取ってみよう。1958年に書かれた古い本だが、書かれた考え方は今に通じる。1930年代に書かれた中谷先生の『雪』も今に読み継がれる名著である。
自然に学ぶ粋なテクノロジー なぜカタツムリの殻は汚れないのか
石田秀輝(化学同人)
しなやかで強いクモの糸、どんなところにでも付くヤモリの足。自然の中には、テクノロジーが学ぶべき知恵がたくさんある。しかし、石田先生の提唱する「ネイチャーテクノロジー」は単なる自然模倣ではない。地球環境を考え、日本人の自然観を取り戻す新しいテクノロジー観を創り出す。これからのものづくりに何が必要か考えるきっかけに。
好きなことに、バカになる
細野秀雄(サンマーク出版)
著者の細野先生は、東京工業大学の材料科学の先生で、鉄系超伝導物質の発見など大きな功績をいくつも遂げ、世界の注目を集めてきた研究者だ。その先生が語る発見・発明への道のり。成功するには、「好きなことをとことん突き詰める」。簡単なようで難しいが、とても大切で素晴らしいことだ。それを体現してきた筆者の考え方にぜひ触れてほしい。