最先端研究を訪ねて


【生物機能・バイオプロセス】

バイオマス

マレーシアのヤシ油から、再生可能エネルギーを取り出す

白井義人先生

 

九州工業大学

生命体工学研究科 生体機能応用工学専攻

 

パイロットプラントと研究成果に基づく実機の写真
パイロットプラントと研究成果に基づく実機の写真

 

◆着想のきっかけは何ですか

 

40年前の第2次石油ショックの時代は、どこの研究室でも稲わらからエタノールを作る研究をしていました。しかし、稲わらは秋しか収穫できず、エタノールができたとしてもコストもエネルギーもかかるため、エタノールを市場に出すことはできませんでした。

 

たまたま20数年前、マレーシアを訪れ、ヤシ油の搾油工場を訪ねました。油が絞られた後に膨大なバイオマスが工場から無為に捨てられているのを見て、日本で開発された稲わらからエタノールを作るための技術を、産業として活用できると考えました。

 

 

◆どんな成果が上がりましたか

 

ヤシ油を絞った後に残る実がなっていた房、種殻、古木、大きな葉などがバイオマス資源になります。その量は、マレーシア1国で年間1千万トン以上あることがわかりました。

 

また、優れた汚濁物質除去装置を持った、小型の排水処理装置を搾油工場に設置しました。廃液がきれいになり、地球温暖化ガスである除去したメタンガスを、エネルギーとして活用できることがわかりました

 

◆その研究が進むと何が良いのでしょうか

 

再生可能エネルギー・資源の代表であるバイオマスから、ビジネスになる規模で燃料、電力や様々な製品を作ることができます。その際、工場からの廃液や排ガスをしっかり処理することにより、今まで捨てられていた汚濁物質も再生可能エネルギーに変えることができるようになります。

 

これによって自然環境を守りつつ、開発途上国のヤシ油産業の雇用を増やし、経済的な発展を進めることができます。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

パーム油は料理を美味くする食品で高価であり赤道周辺でしか搾油できない故、赤道周辺の貧困国にとっては貧困克服の切札になります。

 

たとえば、パーム油を生産する際、マレーシアでは年間1億トンもの廃液が排出され、その処理で124万トンものメタンガスが発生することが私たちの研究で明らかになりました。それを発電に使えば、年間570万MWhという日本の平均家庭160万世帯分の年間消費電力にもなるグリーン電力を得ることができます。一方、このもったいない資源は現在ほとんど大気に放出され、炭酸ガス換算で3000万トン以上の温暖化効果をもたらしています。

 

私たちはマレーシアの大手パーム油製造会社と共同で、これをグリーン発電にする共同研究を行い、2009年、クリーン開発メカニズム(CDM)という途上国と先進国の共同温暖化ガス削減事業にマレーシア初で国連から認められ、その会社は今はその仕組みを20工場に拡大しています。また、私自身はこの取り組みが認められ、令和元年度地球温暖化防止活動環境大臣表彰(国際部門)を受賞させていただきました。

 

 この道に進んだきっかけ

もう40年近く前ですが、私は幸運にも京都大学農学部の博士課程の途中で、京都大学工学部化学工学科の助手になることができました。しかし、残念ながら博士号はまだ取れていませんでした。当時(1984年)博士を取るのは結構厳しく、科学雑誌にオリジナル論文を4報採択される必要がありました。私は最後の1報分を残して就職しましたが、そちらの仕事もあるので、なかなかはかどりませんでした。

 

どんな研究かを簡単に説明すると、凍結濃縮という、液状食品(ミルクとか)を凍らせて大きな氷をつくり、できるだけ、品質が高く、濃縮された溶液が氷と一緒に排出されないようにする研究でした。わかり易く言うと、シャーベットのような状況を避け、氷を大きな粒にする研究です。

 

最初の数年、3報の論文までは、基礎的な計算機シミュレーションや基礎実験の結果をまとめて、順調に論文を出していました。しかし、最後、実際にいかに大きな氷を作るか、そこで暗礁に乗り上げてしまいました。1年くらいノーデータで、化学工学科の仕事もあり、農学部では温情で卒論学生をひとりつけてくれましたし、その学生もさぼることもなく、しっかり研究してくれました。研究は、実験で起こった事象を説明する仮説を立て、うまく説明できないものを潰していくのが、まあ、やり方です。毎日、毎日、電話で学生と打ち合わせをしましたが、生き残った仮説はゼロでした。

 

時は流れ、もう冬になり、その学生の就職も決まっているのに、彼が卒業論文を書けるデータさえない、という状況でした。内心、私は(京都弁ですが)「もうあかん」、と思ってました。「もうあかんわ、もう無理」、が本心でした。

 

ところがある日の昼過ぎ、彼から電話があり、なぜかわかりませんが、大きな氷がいっぱいできてますよ!とのことでした。農学部に飛んで行くと、直径7mmくらいの氷がいっぱい晶析槽の中にできていました。指導教官の松野先生にも来てもらい、先生も感激されていました。理由はその学生さんがあまりに長く昼食に出ていて、彼が持ち場におらず、投入過冷却水の過冷却度が桁違いに小さくなったからということでした。

 

その時、私は、槽内温度が急速に下がる前に、種の氷を槽内に投入し、予め槽内を氷点ちかくにすれば、過冷却を小さくできることに気づきました。それで、大きな氷を作ることができ、私はめでたく博士を、彼は、卒論を仕上げ、卒業することができました。

 

それ以来、私の座右の銘は「もうあかん、と思った時が本当の始まり」になり、その座右の銘は今も含め、ずっと私を支えてくれていますし、何度も何度もそんなことがありました。

 


 この分野はどこで学べる?

「生物機能・バイオプロセス」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

11.バイオ工学」の「38.バイオ生産工学・プロセス、発酵工学」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
 学生たちは?

私自身、日本とマレーシアでの研究生活が半々ですので、日本人よりもマレーシア人の学生が多いです。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

 

◆主な職種

 

・営業、営業企画、事業統括

・技術系企画・調査、コンサルタント

・大学等研究機関所属の教員・研究者

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

マレーシアの学生で博士課程の学生は、講師や技官になる者がほとんどです。日本人の学生は、主に自然エネルギー関係、エンジニアリング関係の企業に進んでいます。マレーシア・プトラ大学で長期に研究活動をした経験を買われた就職が多いです。

 


 先生からひとこと

これからは、私の関係している再生可能エネルギーの分野だけでなく、全ての分野がデジタル技術と深く関わります。人類の発展の歴史を観た時、20世紀と21世紀ほど革命的ギャップのある時代はありません。

 

ひとつは、Windows XP以降のOSによるインターネットの爆発的普及です。これにより、それまで以前と比較して、情報は「ただ(無料)」になりました。次は、そのように超々低コストになった情報を集めた「ビッグデータ」と、それを効率的に活用し最適解を得るための、AI技術の驚異的発展です。

 

とにかく、発展の速度は驚異です。皆さんが持たれているスマホは、2010年の普及率はわずか4%、それが現在は90%を超えています。現在のスマホの情報処理能力(計算速度)は、1990年代のスーパーコンピューター並みです。何百kgもあるスーパーコンピューターを、皆ポケットに入れています。

 

次の革命は、こうしたデジタル技術を搭載したロボットの開発でしょう。ロボットの開発により、人間は職を奪われると心配されますが、そんなことはないと思います。なぜなら、ロボットは電気だけ与えればサボらずに働きます。問題は、ロボットが働くための「需要」です。これは、人間にしか作れません。

 

ですから、自分たちの社会が要請する「需要」を創ることが、今後の人間の仕事になると思います。ですので、私たちはこれから、もっとレベルの高い思考をする必要があると思います。

 

すなわち、基礎的な理系、文系の知識の習得と応用だけでなく、今まで以上に人間が如何に生きるか?人類の歴史、系統的な宗教について、そして何より、倫理の勉強が特に重要になると思います。

 

もう、詰め込み主義の教育は無益です。なぜなら、詰め込み主義で得られる回答はスマホで瞬時に得られるからです。その知識の上に、人間はどう行動すべきかが問われる時代にすぐなると思います。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

「世界の歴史から将来の地球について考えてみよう!」

以下の表は、世界の人口の年次変化を百年単位で表しています。西暦ゼロ年から1600年もかかって、世界の人口はようやく倍になりました。それから倍になるのに、200年以上かかっています。

 

【世界の人口】

西暦0年 2.5億人

1600年 5億人

1700年 6億人

1800年 9億人

1900年 16億人

1950年 25億人

1970年 37億人

2000年 60億人

2020年 77億人

 

ところが20世紀に入って以降は、倍になるのに50年程度しかかかっていません。これは、皆さんが高校の化学で学ぶ、アンモニア合成に関するハーバー・ボッシュ法のおかげです。

 

太古より人類の夢は、腹いっぱい食べることでした。しかし、その夢は全くかないませんでした。例えば江戸時代の日本人の平均寿命は、20歳そこそこでした。昔は子だくさんの家がいっぱいありましたが、なぜこんなに短い寿命なのか?それは子供、特に、赤ん坊が育たないからです。

 

この夢を叶えたのが、ハーバー・ボッシュ法でした。この方法は皆さんが高校の化学で習われているように、水素と空気中の窒素を原料とし、アンモニアをつくる方法です。アンモニアは硫酸アンモニウム(硫安)の形で特に窒素肥料として需要があります。

 

この化学肥料により、世界中のやせた土地がどこでも緑の大地になるようになりました。一方、彼はホスゲン(毒ガス)の大量生産法も開発し、毀誉褒貶(きよほうへん:褒められたり、けなされたりしていること。彼の妻はそれに悩み自殺している)はありますが、私は、ハーバー先生は世界の恩人であると思います。

 

この方法の鍵は「水素」です。ハーバー先生が水素を採用できたのは、それは世界が「帝国主義」の時代だったからです。世界史を選択して勉強された方ならお判りでしょうが、ドイツの宰相のビスマルクは「鉄は国家なり」と喝破しました。まず、鉄は地域の非常に多くの人々に仕事を提供しましたし、また、鉄は大砲や砲弾の材料になり、国を富ませたからです。

 

さて、製鉄とはどのようなプロセスでしょうか?簡単に言えば、鉄鉱石を高温(1300℃程度)にさらし、その中の鉄を還元(酸素を追い出す)し、溶かして鉄鉱石から分離して純鉄を得るのです。(製鉄作業では銑鉄といいます)

 

しかし、この1300℃という高温は、そう簡単には得られません。そこで、燃料の石炭を高温で蒸し焼きにして還元し、炭素と結合していた酸素は一酸化炭素の形で、水素は水素として石炭から除かれます。

 

こうして残った石炭は、ほぼ炭素のみからなる石炭になります。これを我々は、コークスと呼んでいます。したがって、製鉄所があるということは、そこには水素がいっぱい副生されているということになり、この水素を使ってアンモニアを作ることを、ハーバー先生が気づいたのです。

 

つまり、水素があれば、無限に近く存在する大気中の窒素を使い、我々人類はこれから先も飢えることはない、ということになります。その証拠に、20世紀の人類の人口は、50年でほぼ倍になっています。

 

一方、水素は他にも作る方法はいくらもあります。特に、高校の化学で学ぶ電気分解は、容易に水素が得られる方法です。また、大学のレベルになりますが、この逆反応の場合、すなわち、酸素と水素があれば電気が作られ水ができます。

 

これは電気分解の逆反応です。最近、自動車エンジンでよく言われる燃料電池が、それに当たります。また、これは大学院のレベルになりますが、炭酸ガスと水素を反応させてメタンを作り、これを発電に使うといった、メタノリシスという考えも広がりつつあります。

 

地球温暖化ガスである炭酸ガスが原料になることから、仮に炭酸ガスを発生させても、その炭酸ガスが水素とのメタノリシス反応によりまたメタンになるため、正味炭酸ガスの発生がない、ということで注目されています。

 

また、単純に熱エネルギーが欲しい場合も、水素であれば、燃えれば(つまり、酸素と化合すれば)また、水に戻ります。石油を燃やしたら、また石油ができるようなものです。これは、別に夢ではありません、石油を燃やせば、炭酸ガスができます。植物は太陽からの光のエネルギーを使って、炭酸ガスと水から石油の仲間(有機物)を作っています。

 

この技術も研究され追求されて、光触媒という反応触媒が開発されており、水と太陽エネルギーから水素を作る研究が進んでいます。

 

さて、そこで皆さんに課題を提供します。

 

人類は水素と窒素を使って飢えから解放され、もうすぐ地球上は100億の人々が暮らすようになるでしょう。その際、枯渇しないエネルギーの可能性について考えてもらえれば幸いです。

 

ちなみに、現在の地球上の可採石油量は2.4×1011トン、一方、陸地にある淡水の総量は1.4×1018トンです。こんな比較はナンセンスかもしれませんが、可採石油の燃焼熱の総量は、2.4×1011トン×8000Mcal/トン =1.9×1015Mcalの発熱エネルギーとなります。

 

一方、陸地の淡水1.4×1018トンから電気分解で水素をつくると、1.6×1017トンの水素ができます。この発熱エネルギーは、30,000Mcal/トン×1.6×1017トン=4.8×1021Mcalになり、石油の賦存エネルギー量の30,000倍にもなります。

 

しかも、水素は燃やしても、燃料電池に使っても水が副生されるので、石油をはじめとした化石資源のような枯渇の心配はありません。水を酸素と水素に分解する際のエネルギーが必要ですが、電気分解は電流量に比例するので、基本的には小規模でも大規模でも電流当たりの水素生産量に変りがないので、理論上は投入電流量に応じて水素が発生します。もちろん、装置の設計上の制約で装置が大きい方が、たくさん水素が発生することはあると思いますが。

 

この際、水素を発生する方法は電気分解の方法だけを考えても、余剰電気を水素の形で保存しておくとか、小規模で発電効率が悪い場合、水素の形で貯めておいてちりも積もれば山になることを目指すとか、色々な工夫ができると思います。

 

ともかく、風力でも波力でも太陽光でも地熱でも、不安定な電源の電気を一旦水素の形で貯めておくというのは、いい考えかも知れません。

 

【課題1】

 

水の電気分解で標準状態(0℃、1気圧)で1m3の水素気体を作るためのエネルギーは、実験的に3.5kWhでした。一方、この気体の発熱エネルギーを実験で確認したところ、3kWhでした。水の電気分解で水素を作った場合、何%の電気エネルギーが無駄に使われたと考えられますか? 

※ヒント 1kWh=860kcalです。

 

【課題2】

 

水素生成に適した皆さんの御家の近くにある自然エネルギーを考えて下さい。何がありますか?

 

【課題3】

 

水素は簡単に爆発する危険な気体です。安全に運ぶ方法を考えてください。

 

どれくらい危険かというと、

●水素の可燃混合率(空気との混合の割合で燃え出す割合)

水素:4~75%

メタン:5~15% 

水素は少しでも空気があれば、また、水素が少しでも空気に混ざれば着火する。

 

●最少着火エネルギー(如何に小さな火花のエネルギーで着火するか?)

水素:0.02mJ(ミリジュール)

メタン:0.3mJ 

水素は桁違いの小さな火花で火が付く。

 

●燃焼速度

水素:2.87m/s

メタン:0.31m/s 

水素は火が付くと燃え広がり易い。

 

以上より、水素はメタンより扱いにくい。

 


 中高生におすすめ

人類が知っていることすべての短い歴史

ビル・ブライソン(新潮文庫)

物質とは何なのか。エネルギーとは何なのか。そしてそれらはどんなルール(法則)で自然と関係しているのか。科学では素人でも一流のジャーナリストである著者が、専門家に食らいつき、馬鹿にされながらもめげずに作り上げた本であるからこそ、科学の基礎の基礎をほかの「素人」が理解できる一冊となっている。科学の基礎、また近現代における科学の進歩の歴史を知ることは、どの専門分野に進むにしても必要なことだ。



カソクキッズ

うるの拓也(高エネルギー加速器研究機構)

3人の博士と4人の子供が、宇宙、生命、物質の謎に挑む。科学を題材にした漫画65話がインターネット上で読める。漫画と侮ってはいけない。宇宙の成り立ちや、物質とエネルギーの本質について、現時点での最先端の研究がどんなものかが、分かりやすく描かれている。子どもから専門家の大人まで、気軽に科学を楽しめる。

https://www2.kek.jp/kids/comic/index.html#contents

 


 先生に一問一答

Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

マレーシア。60点主義でおおらかでギスギスしたところがない。OKラ~OKラ~が口癖。約束を守られたことが少なく、言い訳ばかり聞くが、なぜか許せてしまい、憎めない。

 

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

ダウン症の自分の娘(24歳)。一応、マリンバ奏者。マレーシアの現皇后が王女の時、御前演奏の経験あり。楽譜を読めない娘のマリンバ練習を聴くことは、研究以外で楽しいこと。完成の過程を傍観することができるから。

 

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

国鉄の荷物係という雑用係(トイレ掃除も風呂掃除も酔っ払いの世話も。トイレは超汚い)。日勤も泊まりも有り。昭和のバイトで日給4000円、泊まり8000円でまあ高給。