最先端研究を訪ねて


【化工物性・移動操作・単位操作】

膜構造

ナノの世界を見るために、分子を集めて機能をつくる材料プロセス

菅恵嗣先生

 

東北大学

工学部 化学・バイオ工学科(工学研究科 化学工学専攻)

 

物質の色からミクロの世界について考察する様子
物質の色からミクロの世界について考察する様子

 

◆着想のきっかけは何ですか

 

生物を構成する細胞は、目には見えない大きさであるため、顕微鏡を使わないと観察できません。細胞のカタチに注目すると、その最外殻は細胞膜という薄い組織で覆われています。

 

ただし、細胞膜という物質があるわけではなく、タンパク質や脂質が集まってできた巨大な構造体です。たった数nmしかない細胞膜ですが、家屋に例えると“外壁”と“ドア”の役割を担い、構造と物質移動の両方の意味で、細胞機能を支える重要な組織と言えます。

 

細胞の中には水が閉じ込められていますが、脂質はそもそも水に溶けません。ところが所定の手順で作ると、細胞膜の様な構造を人工的に作ることができます。高校の有機化学で脂肪酸の構造を習うと思いますが、脂肪酸(例えばオレイン酸)についても、上手く(巧く)やれば膜構造を作れるのです!

 

せっかく膜を作っても、小さすぎて、薄すぎて見えないのが膜の世界(ナノの世界)です。膜を作り、その表面で起こる様々な現象を観察するために、視覚的に膜構造を理解できる発色材料の開発に取り組んでいます。

 

 

◆この研究は具体的にどんなことに役立ちましたか

 

熱やアルコールで刺激すると、細胞膜の構造が壊れます。膜の構造を観察するためには特殊な顕微鏡や測定機器が必要となり、測定にも時間がかかります。そこで発色性膜材料を使えば、色によって微細な膜構造の変化を捉えることができます。

 

言い換えると、目に見えないはずのナノの世界を、目視で観察できるわけです。この技術を応用して、新しいセンシング技術の開発を目指しています。

 

 

◆その研究が進むと何が良いのでしょうか

 

細胞がウイルスに感染すると、細胞膜が一時的に乱れた構造へと変化します。2021年に話題になった新型コロナウイルスのワクチンは、有効成分(mRNA)を細胞の中まで届けるための仕組みがあり、有効成分が細胞膜を“巧く”すり抜けるように設計されています。

 

膜の構造変化をリアルタイムに観察できれば、薬剤送達の分子メカニズムの解明にもつながり、新たな抗菌・抗ウイルス技術を開発できると考えます。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

新型コロナウイルスのワクチンが普及したことにより、私たちの日常生活は元に戻りつつあります。遺伝子(mRNA)を有効物質として使うワクチンは、工場で生産することができますが、世界中の人にワクチンを届けるには大量生産と輸送技術が必要です。実は、ワクチンもmRNAと脂質によってできたナノ粒子です。分子を集めて材料にするプロセスを研究することで、元来不安定な医薬品を適切に管理し、体内においても患部へ効率よく送達する医療技術の発展に貢献したいと考えています。

 



 この分野はどこで学べる?

「化工物性・移動操作・単位操作」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

17.化学・化学工学」の「71.化学工学、プロセス工学」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
実験室の風景(電子天秤で試薬を秤量)
実験室の風景(電子天秤で試薬を秤量)
 学生はどんな研究を?

私たちの研究室では、分子や素材を集めて機能性材料を作るプロセスについて研究しています。目には見えない粒子状物質を微粒子と言いますが、無機材料、有機材料、様々な素材から大きさや形の揃った粒子を合成しています。無機材料に膜を表面修飾し、ポリマーと複合化したナノコンポジット材料についても研究しています。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・鉄鋼

・食品・食料品・飲料品/飼料・肥料

・化学・化粧品・繊維/化学工業製品・衣料・石油製品

 

◆主な職種

 

・基礎・応用研究・先行開発

・生産技術

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

化学工学出身の場合、化学メーカー等の生産プロセス部門に配属されることが多いです。研究開発と生産部門、どちらでも立ち回れるオールラウンダー的な仕事を選ぶ人もいます。

 

学部では反応工学、分離工学、移動現象等の基礎学問を学びますが、大学院を卒業して間もない卒業生から「今は〇〇工学の勉強をしています。学部生時代の講義ノートと教科書が役に立っています」といった近況報告を聞くこともあります。

 

この分野に限らず、受験や大学講義で学んだことはいつか役に立つ時が来る、そう信じて1つ1つの学びを大切に、継続して積み重ねることが勉強のコツだと思います。

 


 先生からひとこと

高校で化学=分子という面白さに興味を持ち、物質を合成することに夢を抱いて、大学の化学系を志望する人が多いように思います。しかし、教科書に載っている大半の物質は水に溶けず、水に溶けなければ体への吸収効率も下がります。

 

化学物質をどのように扱うか、その方法を考えることは、新しい物質を作ることと同じじくらい重要な研究であると考えています。化学工学とは、物質の製造方法や取り扱い全般に関する学問です。物質を扱う一連の過程(プロセス)について理解を深めた人は、化学という入り口から、製造、医療など様々な分野に貢献することができます。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

薬の中には、いわゆる薬効のある成分(有効成分)と、その効き目を調節する成分が含まれています。例えばmRNAワクチンの成分を調べてみると、実に様々な成分(例えばコレステロール)が含まれていることがわかります。ではなぜコレステロールが必要なのか?それぞれの分子や成分について、その役割について調べてみましょう。

 


 中高生におすすめ

ガウディの伝言

外尾悦郎(光文社新書)

19世紀末に建設が始まり、今なお建設中であるスペインの教会・サグラダ・ファミリア。設計者である建築家・ガウディが亡き後、主任彫刻家として日本人彫刻家の外尾悦郎氏が1978年から参画している。

 

設計図など建設当時の資料がほとんど残されていない中、当時の時代背景や、自然との調和を重視したガウディの思想を読み解きながら外尾氏が彫刻を仕上げていく過程には、ロマンが感じられる。

 

外尾氏の視点から、ガウディの設計には宗教性・美術性だけでなく、機能性や合理性が高度に織り交ぜられていることが分かる。デザインが持つ素晴らしさに触れることのできる1冊。



さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学

山田真哉(光文社新書)

トラックを走らせて、「さおやー、さおだけー」の声をスピーカーから流しながら巡回販売をするさおだけ屋。ある日、いくらで販売しているのか気になったので、トラックを止めてみ聞いてみようと思い家を飛び出たが、トラックははるか彼方へと走り去った後だった…おそらく1日に何本も売れるものではないのに、商店は潰れない。ということは、別のところで儲けているということだ。

 

本書ではさおだけ屋を筆頭に、会計学の観点からビジネスの仕組みが分かりやすく解説される。本書のテーマである「物事を俯瞰的に見つめる視点」は、経済学や工学など他の学問分野でも重要なもの。俯瞰的な視点(全体を眺める力)を磨きたい人は1度読んでみよう。

 



 先生に一問一答

Q1.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『レ・ミゼラブル』

 

Q2.熱中したゲームは?

初代ポケットモンスター。小学生の頃、137匹集めました。

 

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

コンサートの裏方スタッフ