最先端研究を訪ねて


【電子デバイス・電子機器】

無線通信速度

今より通信速度を1000倍アップ!より高速のスマホ無線通信に挑む

永妻忠夫先生

 

大阪大学

基礎工学部 電子物理科学科 エレクトロニクスコース(基礎工学研究科 システム創成専攻)

 

テラヘルツ無線通信実験で、送信機と受信機を位置決めを行っている様子
テラヘルツ無線通信実験で、送信機と受信機を位置決めを行っている様子

 

◆着想のきっかけは何ですか

 

スマホから大量のデータをダウンロードしたり、動画を見たりすると、無線通信のスピードがもっと速くならないものかと思うことが、しばしばありますね。なぜこうした問題が起きるのか。簡単に言うと、今の無線通信に利用しているマイクロ波という電磁波の、帯域幅の広さに問題があります。

 

そこで私は、マイクロ波(1GHz~2GHz)より100倍以上広い周波数帯(100GHz~1000GHz)を使えば、より高速の無線通信ができるはずだと考えました。この電波をテラヘルツ波と言います。

 

テラヘルツ波は、超高速無線通信を始め様々な応用が期待されていますが、全く未開拓です。なぜなら、テラヘルツ波を人工的に発生させたり、検出したりする方法が困難だからです。しかしこれを解決すれば、無線通信速度を100倍以上速くできるのです。

 

 

◆どんな成果をあげましたか

 

私たちはテラヘルツ波を発生し、さらにそれに大容量の情報信号(高精細映像信号等のデジタル信号)を乗せて、電波として空間に放射する技術(送信技術)と、テラヘルツ波を高感度に検出する技術(受信技術)を開発。特に最近では、検出感度をこれまでの約1万倍向上させることに成功しました。これらの技術によって、従来の100倍~1000倍ものスピードで、無線で情報を送ることに成功しました。

 

◆その研究が進むと何が良いでしょうか

 

大きなサイズの情報を瞬時に無線でダウンロードできるので、これまでのように携帯電話を繋ぎっ放しにしておく必要がなく、電池も消耗しません。また、現状ではハイビジョン映像の無線伝送で映像信号の伝送に遅延が生じるという問題がありますが、これを解決できます。

 

今後、今のハイビジョンデジタル放送の16倍以上の情報量を持つ、スーパーハイビジョン(8K)の時代が到来します。遅延のないリアルタイムの超高精細映像は、エンターテインメントだけでなく、医療を始め様々なシーンで世の中を変えていくでしょう。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

この研究は、スマホ通信の高速化に留まらず、地球上のデジタルデバイド(情報格差)を解消し、また災害時にも繋がる無線ネットワークのインフラの実現に貢献するものです。

 

未来の情報通信ネットワークは、現在の地上に張り巡らされた2次元ネットワーク(光ファイバ通信と無線通信)から、ドローン、バルーン、無人飛行機、衛星による無線通信を介した、3次元的なネットワークに発展するでしょう。

 


 この道に進んだきっかけ

大学生になってからの学びは、高校時代の試験のため、受験のための勉強と違って、極めて体系的で奥深く、学ぶことが面白い、楽しいと感じました。しかし、研究者の道に挑戦してみようと思ったのは、大学院に進学して2年目(つまり修士課程の2年時)の夏でした。

 

きっかけになったのは、背水の陣で没頭した実験研究が、奇跡的にうまくいったことです。今思えば運が良かっただけなのですが、この感動が忘れられず研究者になってみようと決心し、博士課程に進学しました。

 

博士課程修了後は、基礎研究だけでなく、その実用化(今でいえば、社会実装)に挑戦したいと思い、企業の研究所に就職しました。そこで21年間、基礎研究から実用化までを経験しました。その後、未来志向の研究をしながら技術者や研究者の卵を育てたいと思い、大学教員になりました。

 


 この分野はどこで学べる?

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15.エレクトロニクス・ナノ」の「57.電子デバイス系(ネット家電、ディスプレイ等)」

 


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無線通信用送信器(手前)と受信器(後方) 送信器では、光ファイバーを伝わってきた光信号がテラヘルツ波に変換される。
無線通信用送信器(手前)と受信器(後方) 送信器では、光ファイバーを伝わってきた光信号がテラヘルツ波に変換される。
 学生はどんな研究を?

テラヘルツ波は、21世紀に残された最後の電磁波領域です。その実用化を目指すことを旗印に、まず研究の出口(実応用)を明確にし、そのための要素技術(材料、デバイス)から、システム応用技術の研究に取り組んでいます。

 

システム応用としては、高速通信応用の他、非破壊診断やセキュリティ検査のための物体の透視(イメージング)、物質同定・センシングのための分光応用の研究を行っています。

 

研究室の学生は、グローバル化時代に活躍できる能力を身に着けるために、英語プレゼン力の強化と、海外研修等による国際的意識の高揚を図ると共に、企業との共同研究の場に積極的に参加して学生気分を払しょくし、一人称で研究に取り組む姿勢を大切にしています。

 

研究室では、自分達で送受信用チップを設計し、出来上がったチップを選んで(左)、送受信器へと組み立てている(右)。
研究室では、自分達で送受信用チップを設計し、出来上がったチップを選んで(左)、送受信器へと組み立てている(右)。
 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

  

・自動車・機器

・コンピュータ・情報通信機器

・半導体・電子部品・デバイス

・光学機器

・通信

 

◆主な職種

 

・基礎・応用研究・先行開発

・設計・開発

・システムエンジニア

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

社会のニーズや課題を明らかにして、それを解決するための競争力のあるアプローチを考え出す能力は、学生時代の研究テーマとは大きく異なっていても、自動車、情報通信に限らず、あらゆる分野や職種で活かされています。

 

実験は、沢山の部品や装置を組み合わせて行うことが多く、実験中は、ひとつひとつの部品の動作を注意深く観察しなければならない。
実験は、沢山の部品や装置を組み合わせて行うことが多く、実験中は、ひとつひとつの部品の動作を注意深く観察しなければならない。

 先生の研究に挑戦しよう!

今や、携帯電話にしても、ゲーム機器にしても完全にブラックボックス化し内部にどんな技術が詰まっているかを知る機会がありません。携帯電話を開けてみても、集積回路化が進んでいてその仕組みはわかりません。しかし、集積回路になる前の姿を、市販の「電子工作キット」に見ることができます。大きさや性能は違いますが、機能は同じです。

 

これからは、ヒトだけでなく、様々なモノが無線通信でつながる、IoT(Internet of things)の時代です。センサーキット、Bluetoothのような簡便な無線通信のキット、それらをコントロールする簡易なコンピュータ(例えば、ラズベリーパイ)を組み合わせると、私たちの身の回りの不便さや課題を解決する応用システムを作ることができるでしょう。

 

そういったことをぜひ高校生のテーマとして取り組んで欲しいと思います。アプローチは、ロボットコンテストに似たところがあるかもしれません。これからは、部品や材料の研究者はもちろんのこと、社会ニーズに応えたり、社会課題の解決のために、色々な応用システムを考えることのできる人材が活躍する時代になると思います。

 


 中高生におすすめ

電気発見物語 見えないものが、どのように明らかになったか

藤村哲夫(ブルーバックス)

「電気」という概念の発見から通信やコンピュータへの活用まで。電気のたどった歴史が描かれた良著。本書では言及されていないが、人類の電波、電磁波開拓の挑戦はその後も続いており、現在は電磁波「ミリ波・テラヘルツ波」が注目されている。

 

ミリ波で70GHz帯のものは車載レーダーに用いられ、自動運転技術発展の要である。またミリ波、テラヘルツ波は、宇宙から地球に降り注ぐ興味深い電磁波。別の書籍『アルマ望遠鏡が見た宇宙』(平松正顕・渡部潤一監修)では、最新の電波観測(検出)技術を用いた巨大電波望遠鏡から見た宇宙について書かれている。科学として純粋に面白く、こちらもお勧めしたい。



人生は20代で決まる 仕事・恋愛・将来設計

メグ・ジェイ(ハヤカワ文庫NF)

心理学者の著者によれば、自分のキャリア、生涯賃金、パートナーといった人生における最も重要な要素は、20代でほぼ決まってしまうという。

 

高校生にとって大学進学とは、単に志望する大学を選んで受験して終わりといった時期ではなく、長い人生の基礎づくりに差しかかるとても大切な時期なのだということが、本書を読めばよく分かるはず。

 

今はピンと来なくてもかまわない。高校生のうちにまず本書を一読し、大学に入って人生設計を進めていく中で本書を再読して欲しい。何度でも読み直す価値のある一冊である。

 



 先生に一問一答

Q1.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『ボヘミアン・ラプソディ』『男たちの大和/YAMATO』『君の名は。』『この世界の片隅に』…数えきれないです。

 

Q2.大学時代の部活・サークルは?

音楽、スポーツとかじりましたが、没頭できる時間がありませんでした。そのかわり、社会人になってバトミントン実業団チームに入り没頭できたので、学生の皆さんには、その選択肢もあることを伝えたいです。

 

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

放送局のライトマン(カメラマンや記者と様々な取材について回り、照明係を主としながら、様々な機材の管理も行う)