Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
やはり、化学でしょうか。自分の志向に1番合っている気がします。
最先端研究を訪ねて
【物理化学】
化学反応
化学反応している分子構造が刻々と変化する様子を直接「見る」ことに成功!
足立伸一先生
総合研究大学院大学
高エネルギー加速器科学研究科 物質構造科学専攻 (高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所)
◆どのようなことで研究を着想しましたか
化学反応をしている途中の分子を見ることは、非常に困難です。なぜなら、分子は非常に小さく、反応している時間も非常に短いからです。分子は、10億分の1メートル!ぐらいの大きさです。化学反応のスピードは、1兆分の1秒!以下です。非常に短時間で進行することが知られています。
普通に生活をしている一般の人にとって、こんな化学反応を直接見るなんてあまりに現実離れしていて、真面目に考えたこともないでしょう。私たちは、この恐ろしいほど小さくて速い速度の「化学反応をしている分子の構造を直接見る」という、まだ誰もやったことのない課題に挑戦しました。
◆具体的にどんなことを成し遂げましたか
具体的に行ったのは、水溶液中に溶けている金原子を含む分子にレーザー光を照射して、金原子間をつなぐ化学結合を作るという反応です。この化学反応を直接観測するために、X線を使用しました。
金原子にX線がぶつかると、X線が周囲一面に散らばる性質があることを利用します。X線の散乱の仕方から、金原子間の距離を観測するという方法です。この方法を使うことで、金原子の化学結合が起こり、分子の構造が時々刻々と変化する1兆分の1秒以下という非常に短い時間での様子を、直接観測することに成功しました。
◆その研究が進むと何が良いのでしょうか
我々の身の回りには、様々な化学反応があふれています。例えば、自動車はガソリンの燃焼や、リチウムイオン電池などによる化学エネルギーを使って走行します。我々の体の中で食べた物を分解したり、筋肉を動かしているのも化学反応です。着ている衣類には化学繊維が使われ、住んでいる家には高分子でできた材料が使われ、我々は化学反応によって生かされていると言っても過言ではありません。
しかし、化学反応がなぜそのように進むのかという、より本質的な問題については、まだ分かっていないことが多いのです。分子と分子がどのように結合を作るのかといった問題は、その最たるものです。我々の研究は、化学反応がなぜそのように進むのかという、基本的な問題を解決する第一歩になると考えています。
人工光合成をご存知でしょうか。最近では、メディアでもよく見かけるようになりました。人工的な光触媒を使って、植物が行なっている天然の光合成に類似した、有用な化学反応を実現するという試みです。
例えば、光触媒を使って水を分解し水素と酸素を取り出したり、二酸化炭素をメタノールに変換したりといったことが試みられています。
我々のグループでは、光触媒に光が照射された瞬間から、化学反応がどのように進行するかを、X線を使って追跡するという研究を行なっています。化石燃料に替わるカーボンニュートラルなエネルギーサイクルの実現に、基礎研究の立場から貢献できればと考えています。
中高生の頃はブルーバックスやらSFやらを、好んでよく読んでいました。高校生の時(1980年頃)に書店で『水素エネルギー』(太田時男著・講談社現代新書)というタイトルがふと目に止まり、気になって読んでみたところ、目からウロコが落ちました。
化石燃料に替えて、水素をエネルギー源として活かす研究開発について、高校生にも分かりやすく書かれている本です。この研究テーマは1970年代のオイルショックが背景にあったのですが、「水素社会」が間近に迫っている今読み直してみても十分通用する内容で、太田時男先生の先見性に改めて敬服します。
高校生の当時、太田時男先生ご所属の連絡先を調べて、本の感想を手紙にしてお送りしたところ、激励の言葉を添えたお返事をいただきました。その後、化学の道に進みましたが、巡りめぐって現在の研究にもつながっている気がします。
◆「原子同士が結合して新しい分子が生まれる瞬間をX線によってストロボ撮影」(KEK)
◆「光合成の初期過程をモデル化合物で再現」(物質構造科学研究所)
◆「原子が振動しながら共有結合が形成されていく様子を直接観測-光化学反応において、初期の構造変化を10兆分の1秒単位で追跡-」(KEK)
研究室では、加速器から得られるX線(放射光)を用いて、1兆分の1秒!という、とても短い時間に進行する物質の変化を観測し、研究を行なっています。
ここでご紹介した基礎的な研究だけにとどまらず「光合成反応では分子レベルで何が起きているか」とか「ものが壊れる瞬間に物質の構造はどのように変化するのか」といった様々な研究テーマに取り組んでいます。
◆主な業種
・大学、放射光施設など
◆主な職種
・基礎・応用研究、先行開発
・大学等研究機関所属の教員・研究者
◆学んだことはどう生きる?
卒業生は、大学での研究、放射光施設での技術開発などを主に担当しています。我々のグループで実施していた研究の延長線上にある業務です。
我々の実験は「加速器」という巨大な装置から出てくる、とてつもなく短い時間の幅(1兆分の1秒以下!)のX線を使うことで初めて可能になるのですが、おそらく「加速器って、何?」という方がほとんどだと思います。
加速器に興味のある方は、私たちの高エネルギー加速器研究機構のウェブページにある「カソクキッズ」をぜひ読んでみて下さい。宇宙と加速器のヒミツにせまる物理コメディ漫画で、加速器の科学を分かりやすく紹介しています。
https://www2.kek.jp/kids/comic/
近年の地球温暖化は、石油や石炭などの化石燃料の使用による二酸化炭素濃度の増大が原因といわれていますね。国では、2050年カーボンニュートラルを実現すると謳っていますが、どうすれば可能になるのでしょうか。脱炭素社会に向けた現状の課題は何なのか、どのようなブレークスルーを実現すれば2050年にカーボンニュートラルが実現できるのか、ぜひ考えてみてください。
放射光が解き明かす驚異のナノ世界 魔法の光が拓く物質世界の可能性
日本放射光学会(ブルーバックス)
加速器から得られる強力な光、放射光は我々の身の回りにある様々な物質の研究に利用されています。ナノの世界に興味がある方にお勧めです。
日本アパッチ族
小松左京(角川文庫)
高校時代に、星新一さん、小松左京さん、筒井康隆さんの「SF御三家」にハマりました。それぞれの作家さんについて好きな小説があるのですが、その中から代表して、小松左京さんの「日本アパッチ族」をお勧めします。1964年に書かれた長編小説ですが、今も全く色あせないスケールの大きなSF大作です。
学問の世界 碩学に聞く(上・下)
加藤秀俊、小松左京(講談社学術文庫)
こちらも高校時代に読んだ本です。京都大学の人文科学研究所に在籍されていた桑原武夫先生、貝塚茂樹先生、今西錦司先生をはじめ、明治から昭和にかけて日本の学問を先導してきた先生方のインタビューです。高校生ながら、学問の奥深さに触れたような気がしました。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
やはり、化学でしょうか。自分の志向に1番合っている気がします。
Q2.一番聴いている音楽アーティストは?
ピアニストの上原ひろみさん(ソロ、デュオ、トリオ他、全て)。
Q3.大学時代の部活・サークルは?
ボート部。滋賀県の瀬田川沿いで合宿していました。