Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
興味があるのは工学ですが、そのために科学の根本である物理学を学びます。
最先端研究を訪ねて
【応用物性】
LED
世界初のナノ粒子塗布型発光ダイオードで破壊的イノベーションを!
藤田恭久先生
島根大学
総合理工学部 物理・マテリアル工学科(自然科学研究科 理工学専攻 物理・応用物理学コース)
◆研究の着想のきっかけは何でしょうか
私は民間企業で、セレン化亜鉛や硫化亜鉛という材料を用いた、青色発光ダイオード(LED)の研究をしていました。多くの研究者は、ノーベル物理学賞となった窒化ガリウムを使う青色LED研究の後追いをしましたが、私はその後大学に着任し、酸化亜鉛のナノ粒子(0.1 μmくらいのサイズ)の研究を始めました。
酸化亜鉛を選んだのは、硫化亜鉛の表面が酸化して酸化亜鉛になっていたことを見つけたためです。セレンや硫黄は毒性や悪臭があって大学で扱えませんが、酸化亜鉛はベビーパウダーに使われるほど安全で安価、酸化物なので酸化して劣化する心配もなく、かつ窒化ガリウムを凌駕できる可能性があったためです。
◆どんな成果が上がりましたか
大学の研究で当初は研究費がなかったので、溶接機のアークプラズマを用いて亜鉛を空気中で燃やすことにより、酸化亜鉛を作製していました。すると偶然にも空気中の窒素が粒子の中に入り、世界で誰も作れなかった安定したp型酸化亜鉛ができてしまいました。
さらにナノ粒子でありながら、市販のデバイスに使われる単結晶薄膜と同等以上の発光特性を示すことが分かりました。(単結晶薄膜とは、薄膜全体に原子が規則正しく並んだ結晶になっているもので、サファイアといった宝石のように高価な単結晶基板の上に、高価な真空装置を用いて作られるものです。)
そこで、ナノ粒子によってp型ができて、単結晶と同等な特性が得られるなら、ナノ粒子を塗布した膜でLEDを作製できるのでは?と考えました。最初はうまくいきませんでしたが、思考錯誤の結果、世界発のナノ粒子塗布型近紫外LEDの作製に成功しました。
◆その研究が進むと何が良いでしょうか
半導体部分のコストが、1万分の1になります。しかも、これまでの常識だった真空中で行う半導体プロセスが不要になり、大気中で粉を混ぜて塗り、ホットプレートで焼くという料理のようなプロセスで、LEDができてしまいます。
このLEDは、亜鉛の塊を原材料として、研究室の学生が酸化亜鉛の微粒子を塗布し、1日でLEDを作製して発光させることができます。半導体工場が不要となり、キッチンでLEDができるのです。まだ出力の改善など課題はありますが、これが実用になれば、安価な照明やLEDディスプレイなどが可能となり、LEDの用途が拡がります。
現在の日本企業は、既存の製品を高性能化する持続的イノベーションは得意なのですが、やがて性能が顧客の要求を超えてしまい、新興国の安価な製品に淘汰されてしまいがちです。そこで、既存の常識を超えた新しい技術を用いる、破壊的なイノベーションが必要なのです。
私は現在、大学発ベンチャーを起業して、塗布型LEDをはじめとする、破壊的イノベーションを起こしうる技術の実用化に、自ら取り組んでいます。大学教員や大企業では味わえない、わくわくするような仕事です。
私は、首都圏にある大企業のサラリーマンから、地方大学に転職しました。地方産業は大企業の下請けが多く、下請が中国、東南アジアなどに移行したため、危機的な状況にあります。
地方大学は産業界と接点が少ないため、多くのユニークな研究シーズが沢山埋まっています。これを世に出して、持続的に破壊的なイノベーションの発出を目指す、大学発ベンチャー企業を起ち上げました。地方から技術革新を発信していく、新しいモデルケースを作りたいと頑張っています。
子供の頃から宇宙の原理に興味があったので、大学では物理学を専攻しました。卒業研究と大学院では、電子線を分子と衝突させて、分子の内部エネルギーの構造を調べる実験をしていました。
ある時、世界的な学者さえも成功していない、腐食性のあるフッ素ガスの測定に挑戦しました。見る見るうちに電子線が出なくなり、指導教員の先生も諦めて帰ってしまいました。私は、徹夜で電子レンズの調整を行いました。翌朝、きれいな振動励起を発したフッ素ガスのスペクトルの計測に、世界で初めて成功しました。
これは、海外の量子力学の教科書に掲載されるほどのデータでした。この時の「諦めなければ結果が出る」という成功体験が、現在の塗布型LED開発などに繋がっています。
◆「ベビーパウダーで発光ダイオードやがん検診!」(国立大学56工学系学部)
◆「International exchanges between University of North
Texas and Shimane University in Nano‐technology」(JSPS)
◆「インド・コーチ理工大学の学生と発光ダイオードの共同研究を実施」(さくらサイエンスプログラム)
◆「環境にやさしい材料を用いた次世代照明デバイス・新エネルギー関連技術による新産業の創出」(しまね産業振興財団)
研究室の学生は「酸化亜鉛ナノ粒子塗布型LEDの研究」などの半導体デバイスの研究から、医学部と連携した医療応用など、幅広い研究テーマに取り組んでいます。
毎週の目標を設定し、自分で解決する方法を考え、研究室のゼミで発表し、皆で議論しながら改善策を考えています。日本語の分からない留学生が多いので、ゼミは英語で発表して議論しています。大学発ベンチャーを含め、民間企業や地域企業、海外大学との共同研究も行っています。
◆一般的な傾向として
学部生は、製造業や公務員、教員など様々な分野に就職しています。大学院生は研究開発などが多い一方、研究室における国際交流の経験と、半導体のプロセス研究の経験を活かし、外資系の半導体装置メーカーなどへの就職も多くなってきました。
◆学んだことはどう生きる?
学部卒の場合は、特に研究内容は業務に関係ありません。広い視野を持ち、自分で考えて問題を解決する経験が活かされていると思います。
修士卒では、研究開発部門に勤める学生が多いです。博士卒では、大学教員、公設の試験研究機関や民間企業の研究員などで、専門を活かした業務を行っています。
インド人の留学生が、インドの大学で研究室を持つようになるなど、自国に「凱旋」してくれた卒業生もいます。
学部教育では、物理学の基礎から理論物理・マテリアル・デバイスの応用に関することを教育しています。学部3年から、大学院生と力を合わせ地域企業の課題を解決するPBL授業(Project Based Learning)を選択でき、普通の講義や学生実験では得られない、実践的な学習ができます。
卒業研究では、応用研究として医学部で研究を行うなど、学際的な卒業研究を行えます。大学院では、医理工農連携プログラム(理工系・医学系・生物系が一緒に行う授業)を履修できます。
私の研究室では、学会発表以外に国際展示会・地域の展示会への出展(学生が主体となって企画)、米国・中国・インド・台湾・バングラディシュらの学生との研究交流(派遣や受け入れ)、民間企業との共同研究への学生参加などで、自主性・社会性・国際性・協調性など、社会に出てから必要な能力を養成しています。
・ビーカーかコップを二つ用意して水を入れます。そこに金魚の病気の治療に用いるメチレンブルー(ホームセンターのペット売り場にあります)を少し入れて青い溶液を作ります。片方に酸化亜鉛(市販のベビーパウダーで主成分が酸化亜鉛のものなど)を少し入れてかき混ぜます。
これに太陽光を当ててみましょう。酸化亜鉛を入れたほうは青色がなくなるはずです。室内の紫外線を含まないLED照明で同じことを行ってみてください。酸化亜鉛は半導体であり、紫外線によって電子が励起されて自由電子と正孔ができます。このような量子力学的な現象が起こっていますが、なぜ青色がなくなるか原理を考えてみましょう。
・青色のLEDと赤色のLEDに電圧をかけて光らせてみます。何ボルトで光るか調べてみましょう。
電流が流れすぎないように100オームくらいの抵抗器を直列に入れると安全です。プラスとマイナスの端子をショートさせないように気を付けてください。発光ダイオードの中の電子は電圧をかけた分、高いエネルギーに上がります(3Vかけると3eV)。その電子のエネルギーがもとにもどるときに光子が一つ放出されます。光子のエネルギーは波長で決まります。光りだす電圧と発光色から、LEDの原理と電子と光子のエネルギーの関係を考えてみましょう。
イノベーション 破壊と共鳴
山口栄一(NTT出版)
物理学の研究者である著者が、日本の地域経済の問題点を科学的手法で分析するなど、社会科学と自然科学との融合で、新しい知見が得られることを示した本。青色LEDの開発など日本でなされた技術革新を例に、基礎科学を実用技術に発展させるための手法が書かれている。
高校では学問の基礎を習い、大学では特定の分野をより深く学ぶが、その間にだんだん視野が狭くなってしまう。そうならないために、自然科学を勉強する学生も、本書などを通して早いうちから、自然科学と社会科学の関係を知っておくことは大切。また、大学での勉強のモチベーションにもなるはず。
弁証法の諸問題 新装版
武谷三男(勁草書房)
著者の武谷先生は、戦前・戦後期に活躍した物理学者。科学理論の認識のための方法論をつくり、このうちの「三段階認識論」は湯川博士らとともに、素粒子論で日本が世界をリードしたことに貢献した。
この本は、その科学的な考え方の指針となる方法論についての論文集。少し難しいが、理解できれば大学での実験や卒業研究で役立つはず。
現在の研究者でも、偉い先生が行ったことを正しいと信じ、本質を見逃してしまうケースが多くある。先入観を排して、物事を客観的に判断できる方法論を身につければ、大学の勉強はもちろん、社会に出てからも活躍できるだろう。
伝え方が9割
佐々木圭一(ダイヤモンド社)
同じ商品でも、キャッチコピーひとつで魅力的に感じ、欲しいと思うことがあるだろう。本書はコピーライターの著者が、伝え方を工夫して、自分の考えを相手に伝える方法論を伝授したもの。大学や社会では、高校のようにクラス単位で動くことはなくなる。その時に必要なものこそ、個人としてのコミュニケーション能力だ。
物理学とは何だろうか
朝永振一郎(岩波新書)
ノーベル物理学賞を受賞した、朝永振一郎の最晩年の著作。天体運行の「ケプラーの法則」以降ガリレオ、ニュートンと続く、古典力学と熱力学の形成史が書かれている。しかし、決して通常の科学史にはならない。著者自身は「多くの天才たちの考え方の秘密や、問題の立て方を明らかに示そうと努めた」と言う。ユーモアのある名文家として知られる。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
興味があるのは工学ですが、そのために科学の根本である物理学を学びます。
Q2.一番聴いている音楽アーティストは?
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?
プレス工やビデオ製造(日本の産業を支える仕事を経験できた)