Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
社会心理学です。他の学問もそれぞれ面白いですが、やはり社会心理学の自由さというか、何でもありな雰囲気が、自分に一番向いていると思います。
最先端研究を訪ねて
【社会心理学】
対人関係
対人関係のストレスの文化的背景とは
橋本剛先生
静岡大学
人文社会科学部 社会学科(人文社会科学研究科 臨床人間科学専攻)
◆先生のご研究内容について教えてください
社会心理学では1980年代頃から、身近な人間関係と心理的・身体的健康との関連についての研究が、盛んに行われています。身近な人たちとの支え合いが充実している人ほど、トラブルや悩みに直面しても、周りの人からのサポートを受けることでストレスを感じにくく、健康が維持されやすいと言われています。このような支え合いのことを専門用語で「ソーシャルサポート」と言います。
しかし、人間関係はいいことばかりでなく様々なトラブルもあり、それらは強いストレスを生じさせる原因でもあります。そこで私は、このような対人関係の両面性に注目し、人々がどのような対人関係にストレスを感じるのか、それはなぜなのか、という問題意識に基づいた研究をしてきました。
◆どのような方法で研究を行っているのですか
研究方法としては、日本とアメリカの大学生を対象として、身近な対人関係でストレスを感じる出来事などを尋ねる調査を、何回か行いました。人間関係にまつわる、様々な種類の対人ストレッサー(ストレスを感じるような対人関係でのやりとり)をリストアップした上で、どのような対人関係においてどれくらいのストレスを感じるのか、といった質問をしました。それと同時に、健康状態などに関する質問も行い、それらの回答の全般的傾向を、心理学で一般的に用いる数量的な分析方法を使って検討しました。
◆日本とアメリカで結果に違いは見られるのでしょうか
アメリカ人よりも日本人の方が、他者に頼ってしまう、他者を気遣って本心を隠すことで、ストレスを経験しやすいことが分かりました。また、それらの文化差は個人の性格などとも関連していましたが、それは部分的なものでした。
さらに、そのような対人ストレスが心理的健康に及ぼす悪影響は、部分的には日本の方が強かったものの、基本的には両文化で共通していました。
つまり、人間関係のストレスに悩むのは文化を問わず人間に共通していますが、どんな人間関係に悩むかは、文化による違いがありそうです。例えば日本人は、あからさまなケンカなどだけではなく、言いたいことが言えないといった気遣いによる対人ストレスも少なからず抱えていて、これは日本において特徴的なことだと言えます。
◆対人関係のストレスと文化的背景の関連を研究することは、どのような点で重要だと思われますか
文化や社会という観点から考えるアプローチは、物事の原因を多面的に捉えるために重要です。一般的に人はあらゆる物事を、当事者の性格や能力などの心理的要因へ、過剰に理由づけする傾向があります。
しかし、実は社会や文化に由来する問題までを、本人の心の持ちようだと考えてしまうと、根本的な問題は解決されないままになってしまいます。個人と社会の両面から対人ストレスの実像を正しく見極めるためにも、社会心理学・文化心理学からのアプローチは有益だと思います。
誰もが健康的に生きていくためには、多面的、かつ中長期的な視野を持つことが必要です。対人関係のストレスには苦しさもありますが、それを避けてばかりでは、個人や集団の成長・発展は望めません。
かといって、成長・発展ばかりを過度に重視すると、その価値観に沿えない人々は、ますます居心地を悪くしてしまいます。
目標を定めて達成を目指すことも大切ですが、そこに伴う副作用や落とし穴に気づくためにも、対人関係や社会をプラスマイナスの両面から捉えるスタンスが重要だと思います。
エピソード記憶が苦手で、そのうえ引っ込み思案なので、研究を志すきっかけのエピソードも、大学時代の印象的な出来事も、残念ながらご紹介できるようなものは、特にありません。
あえて言えば、子どもの頃から「そうするのが当たり前だから、あなたもそうしなさい」といった常識や慣習に「なんで?」と反発してしまう性分でした。ただの生意気なへそまがりなのかも知れませんが、社会心理学者としての適性はあったのかも知れません。
このような性分なので、人間関係も苦手で、社会人として上手くやっていく自信もなかったのですが、そのこと自体を研究すれば、それはそれで生きていけるのかも、と気づいたことが、この道を志した理由でしょうか。
学生本人の興味関心に基づいて、社会心理学のあらゆる研究テーマに取り組んでいます。ここ数年間の卒業論文・修士論文のテーマとしては「懐かしさは死の恐怖を和らげるか」「ストレスは多元的無知を促進するか」「共食とこころの健康」「自我脅威と偏見」「類似経験の共有は共感を促進するか」「親切をすると幸せになるか」「自己愛と政治参加」「応援されるとテニスが上手くなるか」などがありました。
◆主な業種
・官庁、自治体、公的法人、国際機関等
◆主な職種
・総務
・福祉・介護関連業務・関連専門職
・大学等研究機関所属の教員・研究者
◆学んだことはどう生きる?
社会心理学は、他者理解、対人関係、集団や組織などに関する理論や法則を、実証的に探求する学問です。したがって、他者と関わる要素がある業務であれば、何らかの形で必ず活用が可能となります。
対人関係については、心理学を学ばずとも誰もが自分なりの興味関心や知識を持っています。しかし、だからこそ先入観や独断に陥りやすい側面もあり、それらが対人関係のトラブルや、集団意思決定の誤りなどといった、問題を生じさせることも少なくありません。それらのリスクマネジメントとしても、社会心理学を学ぶ意義は大きいと思います。
静岡大学人文社会科学部社会学科で学ぶ、社会心理学のユニークな側面としては、以下の2点が挙げられます。
第1は、社会心理学の中でも臨床社会心理学(臨床心理学と社会心理学の学際領域)に強いという点です。これは、私がその領域を専門としているのみならず、他の心理学スタッフが基本的に臨床心理学を専門としながらも、自己やコミュニティといった社会心理学でも扱われるテーマに造詣が深いことによるものです。
したがって研究室では、臨床心理学と社会心理学の垣根を越えた研究指導が展開されています。実際に、臨床心理士や公認心理師を目指しながら、同時に社会心理学的な研究テーマに取り組む学生も、コンスタントにいます。
第2は、心理学に留まらず、社会学、哲学・倫理学、文化人類学、そして歴史学といった多様な学問領域からなる学科に所属しているがゆえに、それらの観点を視野に容れた社会心理学を展開できるということです。もちろん心理学も素晴らしい学問ですが、偏りや足りない部分も多々あり、隣接する他領域の学問を学ぶことで、それを補うことが可能です。
例えば「偏見と差別」は社会心理学の主要テーマの一つですが、社会学におけるヘイトスピーチ研究、歴史学におけるユダヤ人研究などを学ぶことは、心理学で議論される理論や知識について、さらに深い理解を促進するものです。多領域の教員が連携しながら、そのような学際的科目を展開していることも、静岡大学における社会心理学教育のユニークな側面と言えるでしょう。
・日常生活のマイクロアグレッションを探してみよう。
マイクロアグレッションという言葉を知っているでしょうか。日常生活でしばしば見られる、そしてあまり気にされないことも多い、だけど実は個人や社会の健康に少なからず影響することもあるものです。マイクロアグレッションとは何か、そしてそれがどのように生じるのか、それが何をもたらすのかについて考えてみてください。
・日常生活の多元的無知を探してみよう。
多元的無知という言葉を知っているでしょうか。これも日常生活でしばしば見られる、そして気づかれないことも多い、だけど実は個人や社会のあり方を大きく左右することもあるものです。多元的無知とは何か、そしてそれがどのように生じるのか、それが何をもたらすのかについて考えてみてください。マイクロアグレッションとセットで考えてみても面白いかも知れません。
「しがらみ」を科学する 高校生からの社会心理学入門
山岸俊男(ちくまプリマー新書)
「人間の行動にはその人の心理が反映される」というのは、心理学の基本的な考え方。しかし全ての行動や現象が、人々の心を反映しているというわけではない。例えば「離婚率が減少したのは、離婚したい人が減ったから」とは限らないし「いじめをやめようと言えないのはその人の心が弱いから」とも限らない。
どちらも、社会のしがらみの影響を受けているのだ。さらに多くの人は「人は心を過大評価しやすい」ことに気づいておらず、実はそれに気づくことが大切である。この本は、社会心理学がそのような観点を持つ学問であることを、高校生にもわかりやすく伝えてくれる。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?
社会心理学です。他の学問もそれぞれ面白いですが、やはり社会心理学の自由さというか、何でもありな雰囲気が、自分に一番向いていると思います。
Q2.研究以外で楽しいことは?
教職員の昼休みサッカーが、今一番楽しいかもしれません。下手の横好きで、自分にガッカリしてばかりですが、だからこそ、たまに良いプレーができた時の嬉しさはひとしおです。