最先端研究を訪ねて
【機能物性化学】
鏡像異性体
鏡像異性体の研究を通じてアルツハイマー病の神経変性の早期診断に挑む
佐藤久子先生
愛媛大学
理学部 化学コース(理工研究科 環境機能科学専攻)
◆着想のきっかけは何ですか
分子の形が鏡に映したように左右対称で、その鏡像を重ね合わすことができないものを鏡像異性体といいます。とても不思議な分子の形ですが、DNAやたんぱく質には、このような鏡像異性体が数多く存在します。
しかもそれらが集合して作る構造は、生命の機能を発揮するために不可欠な要素です。高分子や分子集合体に見られる鏡像異性体が、どのような働きによって現れるのか、開発中の測定技術を使って明らかにしたいと思ったのが、着想のきっかけです。
◆どのように成果が生まれましたか
まず、人工的に合成した小さな分子を用いて、より分子量の大きい高次構造を詳しく調べるための、新しい測定手法を開発しました。その測定手法を用いて、小さい分子から、これらが集合した大きな分子に変化する過程を追跡することに成功しました。
鏡像異性体が大きな分子へと構造の変異が起きると、それは、生命活動の異常性を示すシグナルとして働き、アルツハイマー病における神経変性など疾病の重要な兆候となることを明らかにしました。
◆その研究が進むと何が良いのでしょうか
研究している測定技術を進めて、これらの生命活動の異常性を引き起こす、鏡像異性体の分子の変化・変異を解明したいと思っています。アルツハイマー病がなぜ起こるのか、原因の解明を行い、脳神経系統が侵され神経変性を起こしてしまう疾患部位の特定や、早期診断に使えることを目指しています。
科学の進展を通して、環境問題に寄与したいと思っています。
高校生の時に、シュレディンガー方程式が記載された1枚の英語のプリントを高校の先生が配布されました。その時から、“化学”に対する認識が変わりました。それまでは受験勉強のひとつとして、紙の上の記号として物質を認識しておりました。物質が分子、原子からできており、そして、その働きが電子に拠っていることを意識していない自分に気づきました。
高校では、定性的な記述である分子論、分子結合理論が、シュレディンガー方程式を基にした量子理論によって記述できることを知りました。しかも、化学現象を理解するための理論研究が、今現在も続けられていることに感動しました。福井謙一先生がフロンティア軌道理論でノーベル化学賞を取られる以前の話です。
環境に優しく入手が容易な、非常に小さな粘土鉱物ナノシートを用いて、ユニークな分子認識機構に関する研究を行っています。また、粘土鉱物と発光性の金属錯体との無機・有機ハイブリッド材料を用いての酸素センシング膜の研究、粘土複合膜を効率の良い有望エネルギーの1つとして捉え人工光合成を作る研究などを行っています。
◆主な業種
・精密機器分野
◆主な職種
・研究職
◆学んだことはどう生きる?
新しいキラリティを測定する装置開発や、新規材料開発などを行っています。
未知なるものばかりで自然は汲みつくせないので、どんな小さなことでも自分で見つけたことの喜びを知ってほしいです。
化学の基礎 分子論的アプローチ
平尾公彦、加藤重樹(講談社サイエンティフィク)
大学の理工系学部初年度向け、基礎化学の教科書だが、著者たちの化学(科学)の進歩に対する哲学が分かる本。図版が多く、原子の構造、分子の構造、分子の運動、物質の熱的性質と、順序立てて現代化学の理論が解説されている。