最先端研究を訪ねて


【分析化学】

質量顕微鏡

ヒト組織内の様々な物質の分布が見える、新しい質量顕微鏡を開発!

瀬藤光利先生

 

浜松医科大学

医学部 医学科(医学系研究科 医学専攻/国際マスイメージングセンター)

 

見つけたタンパク質を説明する図を、高校生の時好きだった漫画家の荒木先生に書いてもらった論文の表紙
見つけたタンパク質を説明する図を、高校生の時好きだった漫画家の荒木先生に書いてもらった論文の表紙

 

◆研究の着想のきっかけは何ですか

 

私は子供の頃から、年を取るとか死ぬとかが不思議で怖くて興味がありました。高校生の時に、医学部でそういう研究もしている人がいると先輩から聞いて、医学部は患者を診るだけじゃないんだと知り、医学部へ進学しました。

 

そして研究活動を続ける中で、生き物の組織を形作る物質を調べる「質量顕微鏡」という装置を、ノーベル賞を受賞した田中耕一さんの島津製作所と一緒に開発することができました。

 

 

◆具体的にどんな研究ですか

 

ヒト組織内の様々な物質の分布、特に色々なタイプの脂肪分の分布が見える質量顕微鏡の新しい方法を開発しました。大学で診療と研究を行う医師と共に、患者さんの組織の情報をこの質量顕微鏡を使って調べ、日々、早期診断、治療薬の開発に繋げる研究を続けています。

 

◆その研究が進むと何が良いのでしょうか

 

ヒトなど生き物の組織はとても複雑で、膨大な種類の物質により構成されており、その分布も物質ごとに全く異なります。質量顕微鏡を使うと、これらの数1000~数10万種類もの物質を、たった1回の解析で量と位置情報を得ることができます。

 

これによって、ヒトを始めとした生き物の複雑な情報を、より正確に理解できるようになります。色々な病気の異常を明らかにできます。がんにも、様々な種類によって特徴的な変化があることがわかってきました。

 

◆最終的な目標は何ですか

 

まずは、抗がん剤の開発に繋げたいと考えています。変わった応用としては、髪の毛や皮膚を見て化粧品等の開発に応用されたりもしています。最終的には齢を取っている人と若い人を見比べて物質的な違いを明らかにして、足りないものを足して余計なものを減らして健康長寿にするのが目標です。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

日本の林業で林地残材が問題になっています。それを材料にシロアリを養殖し、シロアリを餌に鶏を飼うプロジェクトを、ムーンショット予算で行っています。サトウキビの絞り粕など、大量にあるが人間が消化できないのでゴミになっているセルロースをうまく食料にできれば、食糧問題がかなり解決します。そうした農作物の成分分析にも質量顕微鏡は活躍しています。

 

質量顕微鏡は、がんを始めとした様々な病気の予防・治療に活躍しています!それは人々の保健と福祉に直結します。

 


 学生時代 そして今

中学生、高校生の時は、沢山本を読みました。大学生は山岳部で、日本中の山に登りました。冬山や岸壁、沢登や山スキーもやりました。ヒマラヤ遠征にも行きましたし、ロッキー山脈の氷河でへリスキーもしました。大学院生時代はすごく勉強して、研究も一生懸命。私生活を犠牲にし、9割くらい研究に集中していました。

 

研究者にも色々なタイプの人がいます。私にとって研究は、今は1割くらいのエフォートです。家族や日々の生活や趣味や自身の健康管理が、7割くらい。仕事は、3割くらいです。

 

仕事の中では科学技術政策の助言、大学や研究室の人事など組織の経営、学生の教育を大切にしていて2割くらい。臨床や研究は1割くらいかな。若い人の邪魔をしないことを心がけています。

 

研究者になるため、修行僧のように全てを捨てないといけないのかと思い詰めることはありません。逆に、全てを捨てて打ち込んだからといって、必ずなれるものでもありません。目指すにしても、なれなかった場合でも、自分の人生は楽しかったと思えるルートで目指すべきです。一度きりの人生、完全燃焼してください。

 


 この分野はどこで学べる?

「分析化学」学べる大学・研究者はこちら (※みらいぶっくへ)

 

その領域カテゴリーはこちら↓

17.化学・化学工学」の「70.分析化学(スペクトル、クロマトグラフィ)」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
 学生はどんな研究を?

健康寿命を延ばす研究に取り組んでいます。私もそうでしたが、臨床を少しやってから来る学生がほとんどです。がんの臨床をやってきた人は、がんを観察して抗がん剤の開発や早期診断のための装置の開発を行う、アルツハイマー病の臨床をやってきた人はアルツハイマー病の薬を開発する、などバックグラウンドを生かした研究を行っています。

 

最終的には製薬会社や装置の会社と協力することになりますが、こうした病気の研究は患者さんがスタート地点になるので、ほとんどの場合、私たちのような大学の研究室から始まるのです。究極的に目指しているのは不老長寿です。

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・病院・医療

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

 

◆主な職種

 

・医師・歯科医師

・大学等研究機関所属の教員・研究者

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

OBの殆どは臨床病院に戻って患者を診るか、大学の教授、准教授、講師、助手になって研究や教育を続けるかのどちらかです。ケンブリッジ大学、広大、徳大の教授、若い人では福大、阪大、慶応、北大の准教授や講師など、有名校にも活躍しているOBがいます。留学生で母国の教授になる人も、インドや韓国で出てきました。

 

私たちは、具体的に目に見える“成果”つまり製品や商品を目指しています。そういうタイプの研究者を欲しがる大学が増えてきていて、皆さん引っ張りだこです。数年に1人くらい、巨大製薬会社や巨大特許事務所や中央省庁に就職して、ヤングエグゼクティブになる人もいます。

 

また、ベンチャーを自分たちで起ち上げていく人たちが育って欲しいと願い、アントレプレナー教育にも力を入れています。

 


 先生からひとこと

医学では顕微鏡、PETイメージング、CT、MRI、など色々な装置や薬を使いますが、それらは全て誰かが、研究の成果として発明したものです。多くの困っている人を救う発明や応用にまで繋がったら、ちゃんとお金も後からついてきて、研究者でもお金持ちになれますよ。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

もう高校生なら、本当の研究をしている人が世の中には沢山います。研究ごっこなんかするのは無駄です。ぜひ本当の研究をしてください。テーマ設定は最初は疑問に思ったこと何でもいいでしょう。なぜ死ぬのか、年を取るとはどういうことか、など。テーマを決めるにはどうしたらよいか、というのも良いテーマです。選択の科学という分野があります。

 

次に、考えるのはそこそこにして行動することを勧めます。調べて分かることはすでにわかっていること、少し考えてわかるようなことは大抵すでに誰かが考えついています。本当に新しいことは実験したり人と議論したりする中でしか産まれません。たとえば私に手紙やメールを書いて相談し許可を得て研究室を訪ねる。学会に行く。いつでも歓迎します。

 


 中高生におすすめ

ファウスト

ゲーテ:著 池内紀:訳(集英社文庫)

理系を考えている人には断然ファウストお勧め!死にかけの老人が若返って人生をやり直すという古典戯曲。本書は再生医療、不老不死、生命倫理、科学技術論を語る上で世界共通の基礎教養となっている。

 

高校生には、先端的な新書を読むよりも、古典を勧めたい。古典とはいずれ再会することになるが、1度読んでいると高校生の自分と再会することが出きて、20年後も50年後も色褪せない至玉の経験になるだろう。



ネオ・ファウスト

手塚治虫(手塚治虫文庫全集)

「死にかけの老人が若返って人生をやり直す」という、ゲーテの名作「ファウスト」を題材に、手塚治虫が舞台を高度経済成長期の日本に移して翻案した漫画。

 

ゲーテも手塚治虫も若い頃は医学を学んだが、彼らはどうして医者をせずに創作者になったのか。なぜ年を取った人の多くが、人生を後悔して若返りを望むのか。

 

高校生のあなたが、死にかけの老人が若返ってやり直した自分でこれから2度目の人生を生きると仮定して、生きるに値する人生とは何か、研究するに値するテーマとは何かを、考えてみてほしい。



項羽と劉邦

司馬遼太郎(新潮文庫)

紀元前3世紀末、秦の始皇帝が没すると、中国の世は再び乱れた。本書はこの時に覇権を争った、項羽と劉邦という2人の武将を描いた歴史小説。

 

この小説には、東アジア社会に共通する組織や人間関係や政治に関する価値観が描かれており、「四面楚歌」「背水の陣」「左遷」などこの時代に由来する故事成語もある。

 

東アジア人の基礎教養として読むこともできる。高校生もいずれ否応なく社会の歯車に組み込まれていくであろうが、政治や権謀術数が苦手で巻き込まれたくない人にもお勧め。横山光輝の漫画版もある。



聖書

日本聖書教会:編 (日本聖書教会)

西欧社会の行動様式の基盤教養。倫理や建前が苦手な人にお勧め。英語で読むことを勧めたいので、和英対照訳が掲載されているダイグロット(2カ国語版)を紹介するが、日本語版など、買いやすいものを選んで良いだろう。



資本論

カール・マルクス:著 エンゲルス:編 向坂逸郎:訳(岩波文庫)

マルクスが資本主義経済について分析した経済学の古典。資本家側だろうと労働者側だろうと、資本主義社会に生きる以上は、その仕組みについてわかっていた方が絶対有利。難しい本だが、頑張って読んでみると良いだろう。「資本論」そのものを読むのは大変という人は、フランス文学者の内田樹先生がマルクスについて書いた本(「若者よ、マルクスを読もう」)を読むのも良い。

 



 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

音楽かな。今の知識と財力と経験をもって18歳に戻れるなら、普通の学科で勉強するようなことはもう頭に入っているし稼ぐ必要もない、あとは芸術系で遊び倒すしかない!同じ感覚で理学部の理論系もありかな。

 

知識と経験はあるけど財力はなくしてやり直すのなら、建築や設計、もしくはコンピューターをやって、手っ取り早く稼ぐと思います。医学部よりも学生時代から起業でき、簡単に稼げるからです。

 

知識も経験もなくて財力だけあってやり直すなら、経済学部か法学部で財産を守る勉強をしてから、好きなことをすると思います。

 

全部なくしてリセットだったら、同じ人生選択するでしょうから医学部でしょうね。

 

Q2.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

大学時代は山岳部でした。やっててよかったですね。だから、山岳救急での遭難者救助。アルバイトっていうのかな。吹雪の北鎌尾根での救助では数百万円のお礼をいただきました。

 

Q3.研究以外で楽しいことは?

子育てと、ベンチャー会社の経営