最先端研究を訪ねて


【ソフトコンピューティング】

粘菌の運動方程式

単細胞生物が鉄道網と同じ動きをする?コンピュータを使った粘菌の行動学研究

中垣俊之先生

 

北海道大学

理学部 生物科学科 高分子機能学(生命科学院 ソフトマター専攻/電子科学研究所)

 


 

◆研究の着想のきっかけは何ですか

 

粘菌というコケやカビのように見えるものは、単細胞アメーバ生物です。その行動は、全くユニークです。試しに、エサ場所の配置を関東圏の主だった都市の配置に合わせておくと、なんと粘菌は現実の関東の鉄道網とよく似た輸送ネットワークを構築しました。

 

 

◆どんな成果が上がりましたか

 

私は、単細胞生物の粘菌がどんな情報処理をしているのか、行動実験と数理モデル化という手法を合わせて取り組んでいます。この際における数理モデル化とは、粘菌の行動を、単純化した運動方程式で書き表すことです。その式を使って粘菌の行動をコンピュータで再現し、どんな状況でどんな行動が出るかという仕組みを解明しています。

 

粘菌の運動方程式は、粘菌の体の小さな一部分が、置かれた状況に応じて、少しだけ未来にどう動くかを決める規則を表したものです。しかしながら、粘菌のあらゆる局部が、長い時間に渡ってどのように変化していくのかは、コンピュータでなければ計算できません。私はこのようにして複雑な動きを解きほぐし、情報処理の仕組みに迫っています。

 

私は、粘菌が迷路を解いたり、関東圏の都市間鉄道網に似たネットワークを設計する能力があることを見つけ、その仕組みを数理モデル化できたことにより、イグノーベル賞を2度受賞しました。この賞は人々を笑わせ、考えさせてくれる業績に対して与えられる、ユーモアたっぷりの世界的な賞です。粘菌という単細胞生物は、予想以上に高い能力を秘めていたのです。

 

粘菌の活動も、一つの物理現象だと思えば、物の理から生命的なるものを解き明かすことも成立するはずです。そのコケの一念で生み出された研究成果です。

 

 SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

海や陸の豊かさとはなんだろうか?食べ物が豊富に得られることだろうか?たくさんの種類の生物がいることだろうか?千年ぐらい前の状態と同じようにすることだろうか?私にははっきりとはしない。

 

海にも陸にも、目に見えない微生物がおびただしいほど生きている。その種類や数さえ定かでないし、ましてやそれらがどのように生きているかなど、全くと言って良いほど分かっていない。

 

ただ、このような微生物世界にどっぷりと包まれてこそ、私たち人間は生かされている。海や陸の豊かさとは果たして何なのか、問い続けていきたい。

 



 この分野はどこで学べる?

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13.IT・AI」の「50.統計、オペレーションリサーチ、高性能計算系」

 


 もっと先生の研究・研究室を見てみよう
2008年のイグノーベル賞の授賞式の後に行われたインフォーマルセミナーで粘菌の話をしているところ。
2008年のイグノーベル賞の授賞式の後に行われたインフォーマルセミナーで粘菌の話をしているところ。
 学生はどんな研究を?

アメーバからヒトにいたる生命知の基本アルゴリズムの探求 

単細胞生物の行動と情報処理過程の可視化技術の開発 

生物行動の多様性と柔軟性を担うダイナミクスの解明

生体システムの用不用適応則から読み解く形状と機能の最適化

バイオレオロジーによる生体運動の力学機構の解明 など

 

 OB/OGはどんなところに就職?

◆主な業種

 

・コンピュータ、情報機器

・コンサルタント・学術系研究所

・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関

・官庁、自治体、公的法人、国際機関等

 

◆主な職種

  

・基礎・応用研究、先行開発

・設計・開発

・システムエンジニア

・メンテナンス、運用・システムアドミニストレータ・サービスエンジニア

・経理・会計・財務、金融ファイナンス、その他会計・税務・金融系専門職

・大学等研究機関の教員・研究者

 

◆学んだことはどう生きる? 

 

計算機を活用した分析や、情報処理システムの構築や維持管理、物事を原理や原点に立ち返って整理したり見通したりする考え方。

 


 先生からひとこと

生き物がどのようなアルゴリズムで情報処理をしているのかは、まだまだ分かっておりません。脳や神経系の情報処理もさることながら、脳も神経も持たないもっと単純な単細胞生物の情報処理も、生命情報処理の原点としてとても興味深い根本的な謎です。

 

 先生の研究に挑戦しよう!

野外の土壌や水場から原生生物を採集してみよう。どんな場所に、どんな季節に、どんな生き物がいるのか、いろいろ調べてみよう。

 

興味深い生き物が見つかったら、野外の棲息環境にヒントを得た複雑な環境を作ってみて、そこでの運動や行動を観察してみよう。そして、何かの気づきや仮説を探してみよう。

 


 中高生におすすめ

粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う

中垣俊之(文春新書)

粘菌は、単細胞でアメーバのような不思議な生物。単細胞なのに、人間でも解くのが難しい迷路を解いたりできる。本書では、単細胞生物の自然知能とはどのようなものか、実例を挙げて解説。自然知能の理解によって、人間観や社会観、生命観といったものがどのように変わりうるかを述べている。

 

著者は、この研究でイグノーベル賞を受賞している粘菌研究者。『粘菌 その驚くべき知性』も読んでみよう。



新しい自然学 非線形科学の可能性

蔵本由紀(ちくま学芸文庫)

これまでの自然科学は、比例関係を前提にした捉え方で多くの成功をおさめてきた。一方で、比例関係が成り立たない状況も多く、そんな現象を対象にするのが「非線形科学」である。

 

本書は、非線形科学の世界的泰斗である蔵本由紀博士によって書かれており、非線形科学が、理系だけでなく文系の世界にも通じるモノゴトの見方を提供し、今後ますます重要になると述べている。

 



 先生に一問一答

Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

迷ってしまって決められません。いろんな学問の面白さを知ってしまったので。

 

Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は?

とっさに思い浮かんだものの一つは、ダスティン・ホフマンとスティーブ・マクイーンの『パピヨン』です。高校生の時に観て、なんだかよく分からない感情が湧き起こってしばらくとらわれておりましたが、そこはかとなく生きる元気が出てきました。

 

Q3.大学時代の部活・サークルは?

美術部。部員とお酒を飲みながらよくお喋りました。