最先端研究を訪ねて
【細胞生物学】
染色体コピー数
染色体のコピー数が増えると、細胞に重大な悪影響を与える ~がんなどの細胞異常を回避するには?
上原亮太先生
北海道大学
理学部 生物科学科 高分子機能学(生命科学院 生命科学専攻/先端生命科学研究院)
◆研究のきっかけは何ですか
遺伝を担う染色体のコピー数が変化するだけで、細胞のサイズや機能、それらが作り出す個体の性質に、大きな変化が生じることが知られています。染色体コピー数の変化は、細胞・個体の多様性を増加させる原動力となり、農水産資源の育種にも応用される有用性をもつ反面、悪いかたちでそれが生じると、妊娠初期の流産やガンなどの重篤な疾病の原因となります。
私は学生の時分から、細胞分裂の仕組みを調べる基礎研究に取り組んできました。細胞分裂の研究をする際には、分裂制御に異常をきたして様々な染色体コピー数変化を起こす細胞を目にする機会があります。
しかし、このように染色体コピー数変化を起こした細胞が、どのような経緯で、また、どのような原理でもって、劇的な性質の変化を起こすのか?これについては、世界的にも十分に調べられていませんでした。
染色体コピー数変化による細胞の性質変化は、特定の遺伝子の変異による性質変化とは、全く異なる原理によるものです。したがって、そこには多くの重大な生命現象に関わる発見の源泉があると思いました。そこで、自分自身の研究室を持ったことを契機に、これを研究課題にしようと決意したのです。
◆どんな新しい発見がありましたか
私は、遺伝情報が同一で、染色体のコピー数が1つ・2つ・4つと異なる細胞や個体モデルを作出しました。そして、染色体コピー数の違いが、細胞にどのような影響を及ぼすか調べました。
その結果、コピー数の違いによって、細胞のコピーに関わる細胞内の各器官の数やサイズがおかしくなり、細胞の性質が不安定になったり、ストレスに対する反応性が変化したりしてしまうことを発見しました。
これにより、細胞の性質の変化は、もともと持っている遺伝情報の中身によるのではなく、その情報のコピー数によっても後天的に大きく変わってしまうという、新しい発見をしたことになります。
◆その研究が進むと何が良いのでしょうか
染色体コピー数の変化による細胞の異常は、がんなど生命を脅かす様々な疾病の原因になります。その発生メカニズムを分子レベルで明らかにすることで、それに対処し症状を緩和できるかも知れません。また、病気のもとを断つような新しい治療法開発において、基礎的な知見の提供もできるようになると期待されます。
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染色体コピー数変化による細胞の性質の変化の実態を解明し、その変化が起こる分子・オルガネラレベルでの原理を調べる研究を行っています。このような研究の成果をもとに、異常な染色体コピー数の、生体で問題を起こす細胞を特異的に攻撃するための手段を明らかにすることを目指しています。
◆主な業種
研究職(ポスドクとして海外留学、ベンチャー企業で研究開発)
◆主な職種
研究職
◆学んだことはどう生きる?
現在興隆しつつある細胞工学分野で、専門性を活かした活躍ができることはもちろんのこと、研究活動で養う論理的思考能力は分野を問わず、プロジェクトを推進するために必要な、一般的問題解決能力の基礎となります。
細胞生物学分野では、従来の遺伝子機能が細胞の性質にどのように影響するかを調べる学問から一歩進んで、遺伝子産物がどのように物理的に働いて細胞機能を支えるかを調べる研究や、細胞がより複雑な組織や個体レベルでの生命現象とどう関係しているかを調べる研究などの、展開が見られます。
研究を推進する上では、基礎知識を育てることに加えて、論理的な思考能力と実験遂行能力が重視されます。このようなトレーニングを経て育つ人材は、高度な問題解決能力を備え、研究に限らず様々な社会活動分野で活躍していくことが期待されます。
・細胞のサイズの多様性を考えてみよう
教科書的なイメージでは個体をつくる細胞はどれも同じようなサイズと形で描かれているかもしれませんが、実際には非常に大きなヴァリエーションがあります。とくに細胞のサイズの多様性を生む要因の一つに、倍数性(ゲノムコピー数)の多様性があります。
学校では、植物辺などを用いた細胞観察の機会があると思います。どんなサンプルでも良いので、細胞のサイズにどのようなヴァリエーションがあるか、さらに、個体の組織や位置によって、サイズ変化に何らかの傾向があるか、傾向があるとしたら、それにどのような生物学的な意味がありそうか、など調べていくと、それまで均質的なイメージだった細胞社会の多様性に気づくきっかけになるかもしれません。
また、サイズの違う細胞間では、細胞内部の構造にはどのような違いがあるでしょうか。細胞サイズの多様性を支える細胞内部の仕掛けについて考える機会になると思います。
ダーウィンのジレンマを解く 新規性の進化発生理論
マーク・W・カーシュナー、ジョン・C・ゲルハルト(みすず書房)
ダーウィンの進化論は、生物が厳しい自然環境を生きのびるために、突然変異の繰り返しによって進化したとします。しかしそれだけで、本当に進化の現象を十分に説明できているのでしょうか。
この本は、進化が単純な「偶然」によって起こるわけではないと主張します。合理的な進化を可能にするための周到な仕掛けが、生物の細胞や組織の随所に備わっているという主張です。本書は主に仮説の段階にある論考で構成されていますが、細胞や組織を見る際の、視点を豊かにしてくれる多くのヒントを見出すことができます。
細胞の不思議
神谷宣郎(ブレーンセンター)
戦中戦後の時期に、細胞の中の不思議な動きの仕組みを追って、世界を股にかけて基礎研究を発展させた神谷博士の回顧録です。
細胞の動きに関わる分子について、知見がほとんど存在しなかった当時に、動きの仕組みをあぶり出すために博士が生み出していった様々な独自の実験手法は、読んでいてワクワクするものばかりです。また、世界的に国際交流が困難であった当時において、基礎研究への情熱を貫いて行動された博士の姿勢にも、大きな感動を覚えます。
荒野へ
ジョン・クラカワー(集英社文庫)
恵まれた環境で育ちながら、ひとりアラスカの荒野に向かった青年。社会通念にとらわれず、自分なりの価値観を築いてそれを貫こうとしたアメリカの青年の実話に基づいた物語で、全米ベストセラーとなりました。
エピソードは悲劇的な結末を迎えますが、研究をする上でも、生きる上でも、示唆に富んだ内容だと思います。特に若い人は、共感を持って読むことができるかも知れません。